読書記録_黄色い家

『黄色い家』
川上未映子著
中央公論新社

 川上未映子のノワール。表紙の鮮やかなレモンイエローが書店で目立つ。本屋大賞にノミネートされたとみて驚いた。いかにもエンタメな作品が選ばれるイメージだったので。以下、ネタバレ有りの感想。

 貧困家庭育ちの主人公の花が、蘭・桃子ら家出少女と、不思議な魅力のある黄美子さんと一緒に暮らすようになり、暮らしを守るため、犯罪に手を染めていく物語。

 ひとが変わるきっかけはなんだろう。その時にはわからなくても、ふりかえってみれば、これが原因、といえるだろうか。何度か読んだけれどわからなかった。どこに生まれたか、誰と出会うか、何が起こって何が起こらないか。自分ではコントロールできないことがたくさんある。自己責任、という言葉はよく目にするけれど、ある程度恵まれた人の戯言なのだと突きつけられた。
 花自身にとっては、トロスケにお金を盗まれたことが転落の原因だと思いたかったのだろう様子が、何とも物悲しい。そうすれば、自分が原因と思わないで済むから。いまの仲間の、黄美子・映水やヴィヴを責めずに済むから。花の歪んだ真っ直ぐさが現れたエピソードだ。

 きっかけはわからない(断定できない)けれど、花の変化の前後はわかる。「お金」と言っていたのが、「金」というようになってからだ。具体的には、「れもん」が火事で燃えてしまったあたりが、その切り替わりだ。花にとって、「れもん」がどれほど大きなものだったかがわかる。生活の支えであり、自分の価値がはじめて認められた場で、はじめて仲間のできた場でもあった。「お金」と言っていたうちは、お金を手段としていたけれど、「金」と言うようになってからは、「金」自体が目的と化している。花は最初から、お母さんと暮らしている時から、お金に執着していたけれど、その頃は、まともに暮らすため、という目的があった。こんなにお金に執着しているのに、何度もそれなりに大きな額を貯めているのに、花は40歳になるまで、大してお金を使うことはなく、全く豊かなようにも見えない。お金についての物語でありながら、使わずにいる場合の価値のなさを強烈に示している。

 『アンナ・カレーニナ』の冒頭に、「幸福な家庭のあり方はひとつだけど、不幸な家庭のあり方は様々だ」というような言葉がある。まさにその通りだ。花、黄美子、映水、蘭、桃子、花の母親。それぞれにそれぞれの不幸がある。
 では、不幸ならば罪を犯してもゆるされるのか。もちろんそんなことはない。社会は不平等で、持たざる生まれではどうしようもないこともあるけれど、自分の幸せのために、できる限り真っ当に生きなければならない。そのために社会福祉がある。花たちのカード詐欺が警察に見つかってしまった方が、あるいは幸せだったかもしれない。真っ直ぐな花は、償う機会があれば人生を見つめ直すことができただろうし、教育を受けることもできた。少なくとも、桃子が失踪することはなかったのではないか。
 現代で、少年法のある意味がわからなかった。子どもだからと、何をしても大した刑にならないなんて甘すぎると思っていた。まちがっていたのかもしれない。花のような、福祉の取りこぼしてしまったひとを助けるため、教育を受けられずに、ただ生きるために罪を犯してしまうようなひとを助けるためには、必要なのかもしれない。殺人で時効が廃止されたように、少年法についても、罪に応じて対象年齢を変えたり、撤廃したりするのが、現代に適応したあり方なんじゃないかと思う。

 心に残る場面はいくつもある。はじめの、蘭との再会のシーンですら、再読すると味わい深い。自由が丘に出やすい街=それなりに富裕層の多い地域で家庭を持っている蘭と、コロナで先の見えないアルバイトで一人暮らしの花。過去は巻き込まれただけと信じ込むことに成功した蘭と、過去を思い出して慌てる(そのわりに自分が蘭を加害していた自覚がいまだにない)花。鮮やかすぎる対比だ。
 花の思考の奔流がみえるような、たたみかける文体のところはどれも切実で印象的。ひとつだけ挙げるなら、次の部分。

つまり今日を生きて明日もそのつづきを生きることのできる人たちは、どうやって生活しているのだろう。そういう人たちがまともな仕事についてまともな金を稼いでいることは知っている。でもわたしがわからなかったのは、その人たちがいったいどうやって、そのまともな世界でまともに生きていく資格のようなものを手にいれたのかということだった。どうやってそっちの世界の人間になれたのかということだった。わたしは誰かに教えてほしかった。

黄色い家 川上未映子

 当時の花の目には、黄美子さんたちと暮らす家が、ほんとうに本の表紙のような、鮮やかな黄色の立派な家に見えていたのだろう。縋るものがないのも地獄だし、あっても地獄は消えてくれない。

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