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ジャガーは「一突きで殺す者」なのか?①

(2020/09/08 この記事の続報を公開しました。)

前回に引き続き、ジャガーについて持ちネタを記しておきたいと思う。ソースの検証は怠っていないが、文末に(ホンマか?)をつけながら読むのを忘れないでほしい。別にこのブログに限った話じゃないですが。

(ウィー)yaguara♪

今回やり玉に挙げるのは、ジャガーの語源とされている「一突きで殺す者」という説についてである。ネットに多く流布しているが、これがどうも真偽のほどがよく分からない。というわけで少し調べてみました。

現在Wikipedia(oldid=77442769)にもこの説が載っていて、出典を記していないが、これを補うには俺たちのナショナルジオグラフィックを引けば十分であろう。「動物大図鑑」のジャガーの紹介の中で、次のように言及している。

ジャガーは夜の神として地獄を支配すると言い伝えられていた。その名前の由来はアメリカ先住民の言葉「ヤガー」から来ており、「一突きで殺す者」という意味が含まれる。

確かに、"etymology jaguar"などと英語で検索すると、おびただしい数のブログや、あるいは学術文献でさえもが、例えば以下のように言及している。"jaguar is a loan word from Portuguese jaguar, derived from Tupi yaguara[jaguara, iaguara], meaning 'beast to prey[kill] at a single bound'."(jaguarは「ひとっ跳びで殺す者」を意味するトゥピ語のyaguaraから派生し、ポルトガル語のjaguarを経由して英語に伝わった借用語。)

トゥピ語はグアラニー語とされる場合もあるが、いずれも南米の先住民における商業語であり、両者は近縁の言語である。何にせよ、英語にこれだけの記事があるとなると、日本語圏の根も葉もない流言というわけでもなさそうである(発音はどう見ても「ヤガー」ではなさそうであるが)。しかしここで英語版のWikipediaを参照すると、

The word 'jaguar' is thought to derive from the Tupian word yaguara, meaning "beast of prey". The word entered English presumably via the Amazonian trade language Tupinambá, via Portuguese jaguar.(jaguarという語は、『猛獣(獲物を狩る獣)』を意味するトゥピ語族のyaguaraという単語から派生したと考えられる。この単語はおそらく、アマゾンの商用語であるトゥピ語(Tupinambá)から、ポルトガル語のjaguarを通じて英語にもたらされた。)

ここでは、出典としてOnline Etymology Dictionaryが引かれているが、「一突きで」のニュアンスはどこにも表れてこない。

実は、英語版に加えてスペイン語版のWikipediaを参照・翻訳された方が既にいらっしゃるので、こちらも参照されたい。より詳しく書かれているスペイン語版の方でもやはり「一突きで殺す者」という文言はどこにも出てこない。

というわけでデマでした!とここで終わってしまってはあんまり書いた意味がないので、もう少し掘り下げたいと思う。

どこでもこう、狩りしたりできるような身体なってるんで

ジャガーの語源について詳述した信頼の置けそうな文献として、Wilcox(2014)を見てみよう。

自然科学ではなく人文系の博士論文らしく、北米大陸におけるジャガーの言説を論じたものである。第4章(p.79-111)で、jaguarという語をめぐる解釈の系譜が8ページ(p.80-87)を割いて滔々と書かれている。詳細は本文を参照されたいが、章の内容をかいつまんでまとめれば以下のようになる(かなり大雑把に意訳している)。

・jaguarはトゥピ語族の内のトゥピ=グアラニー語族の単語yaguaraに由来する。この語には次の3種類の翻訳が当てられ、長らく文献の中で混乱をきたしてきた:①一跳びで獲物を狩る者(the beast that kills [overcomes; takes] its prey in one bound [leap])②犬の仲間(body of a dog)③我々を食らう者(eater of us)。
・一番よくみられる「捕える者」(that which seizes)の訳は、しばしば「ひとっ跳びで殺す」(that kills in one bound)という文句を伴って引用されるが、実証はなされていない。Skeat(1886) の考察では、 ya-は動物名につく接頭辞で、-g-は単なる挿入音、-uaraは動作主・所有者を示す。このようにyaとguaraに分けて分析する学者の中でも、「狩る者」「捕食者」「食らう者」「むさぼる者」など諸説が入り乱れてきた。
・yaguaraは先住民の間で、もともとは獰猛な肉食哺乳類全般を指す語であった。先住民はスペイン人が旧大陸からもたらした犬を表すのにyaguaraを当てて用いた。こうして白人と先住民双方の間でジャガーとイヌの混同が起こり、グアラニー人の間でこの用語が定着すると、ジャガーそれ自身はjaguareté「本当の(-eté)jaguara」と呼ばれるようになった。なお、南米原産のイヌ科の動物はジャガーとは似ても似つかない。
・「我々を食らう者」という解釈は、16世紀の探検家ハンス・シュターデンに始まるもので、ja-guaraをja(我々)とguara(食らう者)と解釈したことによる。スペイン人が連れてきた犬も、獰猛で先住民を食い殺すことがあった。レヴィ=ストロースをはじめとして、これをアメリカの先住民の神話に広く見える人間を脅かすジャガーの神話と結びつけて、象徴的な意味を見出す解釈もある。
・西洋の征服者たちは、ジャガーを表すのに旧大陸の動物の名前――ヒョウ(leopard)やライオン(leon)やトラ(tigre)――を使った。パンサー・ヒョウ・トラとの混同は欧米ではしぶとく生き残った。西洋人の文献には20世紀初頭までtiger系の語が頻繁に登場し、jaguarという「エキゾチックな」呼称が用いられるようになったのは最近のことである。スペイン語圏では、el tigreの名が今でも使われる。マーゲイ・オセロット・ジャガーネコ(oncilla)・ピューマなど別種の動物との混同や先住民の言語からの派生、地域的・時期的な差異も合わせるとおびただしい数の別名がある。

現在のジャガーの呼び名は地域ごとにも違っていて、とにかくその背景に命名法がひどく混乱してきた歴史があることはお判りいただけると思う。肝心のyaguara[jaguara/iaguara]の意味に関しては、元々の先住民の間の用法はなにがしかの動物の一群であり、その語源は諸説あるという言明にとどめるしかない。語源というのはえてしてそういうもの、と割り切るべきである。

この論文を読むとやはり、「じゃあ『一突きで殺す』ってどっから出てきた?」という当初からの素朴な疑問に突き当たることになる。筆者はあっさり「実証されていない(never substantiated)」(p.81)と述べているのだが、気になるこの経緯にはまったく字数を割いていない。ただ、その後ろにこう付け加えている。「自然学者のCharles Guggisberg(1975)はその華々しい言辞を『いくぶん空想的』と評している」。

ここに引かれているGuggisberg の文献"Wild Cats of the World"は読めないが、別の筆者の評では、かつて野生ネコについて調べる者にとってのバイブルであった(Sunquist 2002)という。分かることは、1975年当時には既にこの説があり、またGuggisbergを通じて多くの人がこの語源を目にしたであろうことである(なお、Guggisbergの文献は京大理学部が所蔵しているそうなのでアクセスできそうな方は教えてください)。

とはいうものの、それ以前の状況についてはネット上からは分かりそうもない。というか分かっていれば既にWilcox氏が言及していそうなもので、ぼくがこんなに血眼で探す必要などなかったはずである。ジャガー言説の研究者をしても見出せなかった、というのが実情かもしれない。

(追記:『一突きで殺す者』説の出処だけ知りたい方は以下は特に読む必要はありません。続報にお進みください。)

一撃で話そう

これはもう手詰まり、あわれ憎むべき「いかかでしたでしょうか?」ブログの眷属に堕するべきか、と諦めていたところなのであるが、幸か不幸か、一つ手掛かりになるかもしれない材料を見つけてしまった。幸はともかくなぜ不幸かと言えば、スペイン語だからである。

"De parabras y maravillas"(『言葉と不思議について』)という、メキシコのナワ(アステカの主要民族)の文化について論じた1997年の本の一節である。第3章は、ナワの言語であるナワトル語のtecuani テークワーニ(獰猛な動物)という語についてひたすら考察している。このtecuani、tecua「彼は食らう」という動詞から派生した名詞であることを、覚えておいていただきたい。

注目したいのは、上のリンク先の段落番号で59-60、tecuaniの一種である熊(スペイン語ではoso)についての一節である。ぼくはスペイン語はマジでさわりしか分からないが、分からないなりに訳したが、ちゃんと訳せているか自信はないので間違いがあれば指摘してほしい。

熊はイベリアの口誦伝承における伝説的な動物である。熊のイメージに特別重きを置く文化に育ったスペイン人は、ナワの文化にそれに対応するものを探した。それが見つからなかったため、彼らはよく分からない種の動物であるcuitlachtliと熊とを対応させることで、アメリカにおける熊の代わりに当てようとした。しかしこの対応は期待ほどうまくは行かなかった。というのも、cuitlachtliはナワにとって全く象徴的な意味を持たなかったからである。スペイン文化における熊は、したがって両文化の特徴を受け継ぎながら、ナワ文化に入った。
Molinaは彼の辞書の中で、osoという言葉をtlacamaye tecuaniという表現に訳し、「人間のような(tlaca-)手を(-may-)持つ(-e)」ことから特別な種類のtecuaniと捉えている。近代の伝統においては、熊がtecuaniに分類されることは滅多にない。しかし、虎 [=ジャガー]と同じように、それは「一撃で殺す」手――これは、フアン・オソ(Juan Oso)のあらゆるバージョンに共通する特徴の一つである――に特徴づけられる。手というこの特徴は、熊とジャガーとでなんら違いはなく、逆に、tecuaniに共通する特性のように思われる。tecuaniの手と口とは類似のイメージを反映している。すなわち、人間の頭に覆いかぶさる口のように、また人間世界を包み込む宇宙のように、手はその獲物を打撃するのである。

最後に唐突に宇宙が出てきてびっくりするので補足しておくと、前後の文脈では、人を(口で)かみ殺すtecuaniの神話を、世界(人類)の終焉のシンボルとして読み解いている。そのtecuani神話に、ナワの人々に馴染みのないはずの・口でかまないはずの熊が組み込まれた、という図式である。ちなみにフアン・オソ(「熊のフアン」)はヨーロッパ発祥の民話である。詳しくはWikipedia先生に投げておく。

熊のことはここではあまり問題ではなく、重要なのはジャガーもtecuaniの一種に位置づけられていたことと、その「一撃で殺す」という特徴である。ここで先のWilcoxの話を思い出してほしい。ジャガーの語源の説の一つは「我々を食らう者」であり、さらに(先住民のコスモロジーを滅亡に導いた)ヨーロッパ人の来訪はジャガーの神話と結びつけられていた。なんだこの符合感、やべぇゾクゾクしてきた、ってなってほしい。

とはいうものの、この本の筆者はどこにも出典を示していないので、tecuaniと「一撃で殺す」のつながりがどこから生じたのかはよく分からない。色々ググってみたが、この文献以外で関連しそうな記述は見当たらなかった。これだけでは「一突きで殺す」がアステカ神話から出てきたもの、と断言するにはちょっと根拠として弱い。

もしこの記述の元になった1975年以前の文献があったとすれば、誰かがそれを英語圏に持ち込んで広まった可能性はかなり高いといえよう。Wilcoxの示した3つの語源にもう一つの潮流を付け加えることもできたかもしれない。日本にいながらにしてその根源をつきとめることは、ほとんど不可能かもしれないが。

まとめ:分からん

依然として「一突きで殺す者」の正体はつかまえられそうにない。ただ、全く根も葉もない風説ってわけではないかもね、という可能性を示した。ここまでやれば「いかがでしたでしょうか?」と言うくらいの資格はあるだろう。アステカ神話に造詣の深い読者のF外失を期待しております。

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