人に妬まれる彼は、”妬み”を知らない

人が何時間も何十時間も頑張ってきたことを、ほんの数分でひょいとこなす。

私の恋人は、そんな人だ。ものすごく器用で、要領が良い。

大学受験の時は、それまで部活に夢中になって勉強なんてしてこなかったのに、高3の夏休みに一念発起して勉強し、3年間コツコツ頑張ってきた女の子をひょいと抜かして、大いに妬まれたそう。

「なんで妬まれなきゃいけないのさ」

彼は不思議な顔で言うけれど、そりゃあ、そうだ。
私がその子だったら、すんごいむかつくし、妬ましくも恨めしくも羨ましくもなるし、自分の出来なさ・要領の悪さに落ち込む。

というか、その子の気持ちを考えなくたって、私は彼に対してこんな感情を持っている。
私が何日もかけてやっとできたり、それでもできなかったりすることを、ものの数分、数時間で理解して、難なくこなす彼。
こちらにもわかりやすく教えてくれるから大いにありがたいのだけれど、やっぱりむかつくし、妬ましいし恨めしいし羨ましいし、彼と比較してすんごく落ち込む。

「じゃあさ、あんたがその女の子や私だったらどんな気持ちになるの?」

「え、うーん…」

そういう状況はこれまでになかっただろう。
決して、皆が思うような優等生ではなかった彼。でも、物事を深く考えたり、理解しようとする姿勢、そして”器用さ”は幼少期の頃から突出していた、ように(彼の昔話を聞いていて)思う。

生まれ持った才のある人は、羨ましい。

「俺だったら、自分のやり方が間違ってたんだな、と思う」

しばらく考えていた彼が口を開いた。

「え、それだけ?『むかつく〜〜〜!』とか、ないの?」

「ないなあ。単に自分のやり方が間違ってて、より良い方法があったんだろう。じゃあその方法は何かなって、その人観察して、技盗もうとするかな」

どこまでも真っ直ぐな回答に、こちらが黙ってしまう。返す言葉がない私を知ってか知らずか、彼は続ける。

「ああ、わかった気がする」

「なにが?」

「みんなは、”努力すれば報われる”って思ってる。でも俺は、そうは思わないんだよなあ。報われるのは、”正しい努力”をしたときだと思う」

「それ、前にも言ってたね」

「うん。自分の努力の仕方が、その目的の実現に対してふさわしいかどうかをよく考えずに、闇雲に努力したって、それが報われるとは思えないんやな」

「うん」

「だから、より効率的に何かをできる人がいたら、それは自分のやり方よりも優れたやり方があるってことなんだと思って、その人のやり方を盗むようにするかなあ、俺は。それで、なんかもっといい方向を編み出そうとするかな」

本当、この人はどこまでも真っ直ぐだ。

「ねえ、あんたってさ、妬みとか恨みとか嫉みとかの感情って抱いたことある?」

「あー、うーん。そういう感情が、一般的に人の心に存在することは理解してるけど……自分では思い付かないなあ。いまいち理解できない」

「うん、そうだと思う」

妬み恨み嫉み。
たとえ大好きな恋人相手であってもついつい持ってしまうそんな悪しき感情と無縁でいられる。この人は、なんて真っ直ぐで、綺麗なんだろう。

彼のそういうところが、好きだ。こんな綺麗な人が、ちゃんとこの世にいる事実が、なんだか希望のように思える。

でも、眩しすぎて、ちょっと凹む。彼のように綺麗には、なかなかなれない。

「あ、俺にもあるよ、妬み恨み嫉み!」

「なーに」

「こないだ、スーパーで超安いスパゲッティの麺が残り1袋だったのに、前のおじさんに取られちゃったでしょ?あのおじさん、俺、憎い。しかもそのスパゲテティあれから入荷しなくなっちゃったし。恨めしいわ〜!」

そういうことじゃないんだよなあ、と苦笑いする。
確かにあのおじさんは憎いかもしれないけど、「それに比べて自分は…」って落ち込んだり自尊心を傷つけられるようなことはないでしょ。

報われるのは、”正しい”努力。

妬み恨み嫉みとか、自尊心とか、そんなものなど関係なく、ただただ目的の達成のためにどうしたらいいか考える。

そんな姿勢を身につけられたら、なんだか怖いもの知らずというか、なんだってできそうな気がするな。そうしていたら、もっとずっとできることが増えるのだろう。彼のように。

逃したスパゲッティのことを思い出し、今さっきあった出来事のように悔しがる彼は、しょっちゅう人の妬みをかうけれど、本当に真っ直ぐで綺麗で、愛らしい。


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