もうひとつの箱根駅伝

この自粛生活で最も変わったことは食生活である。

自粛初期、週に2回なら頼んでいいと決めたウーバーイーツも頼まなくなり、魚を3枚におろせるようになり、スパイスカレーも作れるようになった。3ヶ月に1回しか自炊をしなかった僕からすれば大きすぎる進歩である。

何より、僕は食べることが大好きだ。

太ったり、それに伴う健康問題がなければ、1日5食くらい食べたいし、全ての食事の後にデザートを食べたいし、5食食べた後寝る前にカップラーメン味噌を食べたいし、今も食べたい。

美味しいものをお腹いっぱい食べる。これ以上に幸せなことがあるだろうか。これを食べ終わったあと、まだあの美味しいものが待っているという多幸感に関しては、そろそろ法で規制されるんじゃないかと思っている。

この間まで、僕は生きている人類はみんな食べることが好きなものだと思っていた。みんなご飯を食べるし、美味しいと幸せそうだったから。

だが、世の中にはあまり食べることに興味のない人もいるんだということに27才になってやっと気づいた。お腹がいっぱいになればいいとか、健康のために食べているとか、お腹がいっぱいにならなくてもいいと思っている人すらいるということに僕は井岡一翔のボディブローを食らったくらい衝撃を受けている。

その衝撃とともに浮かんでくるのは、なぜ自分がこんなにも食べることが好きなんだろうという疑問であるが、それには明確な理由が見つかった。

僕のお母さんも、おばあちゃんも料理がとても上手で、食べることが大好きなのである。

毎日今日の夕飯はなんだろうと楽しみにしていたし、おばあちゃんの家でご飯を食べるときはこれを作って欲しいというリクエストを出していたほど好きなメニューがあった。

カレーなら母親のカレーが、そうめんなら父方のおばあちゃんのひや汁が、天丼なら母方のおばあちゃんの天丼が今でも一番好きだ。

なぜ、家庭で食べそうもない天丼なのかというと僕の母方のおばあちゃんはうどん屋を経営していて、毎日お腹をすかせたトラックの運転手や工事現場で働く食べ盛りの男たちの胃袋を満たしていたからである。

おばあちゃんのお店の名前は「ゆゆ」という名前で、「ゆみこ」と「ゆたか」というおばあちゃんとおじいちゃんの名前からつけられたそうだ。

今はもう体の具合もあって閉めてしまったのだが、おばあちゃんの人をお腹いっぱいにしたいという欲望はメキメキと成長を続けている。

お正月には、

おせち&大量のエビフライとカキフライ→焼肉&白飯→カレー→おしるこ

という箱根駅伝顔負けの耐久レースを家族総出で、毎年完走している。

なぜこんな膨大な量を走りきれるといえば、とにかく美味しいからに尽きる。

全ての料理がお店で食べるくらい美味しいのだ。(まあ、お店で作っていたものたちなんだが)

ある日、僕はおばあちゃんにどうやって料理が上手になったか聞いたことがある。

そのときおばあちゃんは

「美味しいものをとにかくたくさん食べること。そうすれば美味しいものが大好きになって、自分でも作りたくなって、この美味しいものがどうやって作られているか知りたくなって、料理が上手になる。」と言っていた。

そして

「だから奥さんに料理上手になって欲しかったら、あなたが奥さんに美味しいものをたくさん食べさせてあげなさい。」

と言っていた。

一緒にたくさん美味しいものを食べて、家で美味しいものを作ってくれる奥さんをおばあちゃんにいつか会わせてあげたい。

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