田植えのコーラは初夏の味

久しぶりに地元に帰ると、田植えの季節がやってきていた。

田んぼというのは、天然のカレンダーみたいなもので、移りゆく田んぼの様子が季節の訪れを知らせてくれる。この歳になり、季節によって顔色を変えていく田んぼを見ると、年々早くなっていく時の流れに驚かされてしまう。

田んぼといえば、秋の稲穂の美しさが有名で、金色に染まる1面の田んぼはメディアでもよく見かけるけれど、僕は田植えの季節が1番好きである。

田植えの季節になると、今まで乾ききっていた田んぼに水が張られる。太陽の日差しが降り注ぐその水面を、初夏の気持ちいい風が揺らして、キラキラと輝くのだ。

本当にこれだけで秋にあれだけの稲穂が敷き詰まるの?

と不安になるくらい間隔をあけて、背の低い苗がゆらゆら揺れている。草の匂いがぷんぷんする、焼けるように暑い夏がもうそこまできているようだ。

おじいちゃんとおばあちゃんがもう80歳を超えてしまったので、今はもう譲ってしまったが、数年前まで田植えは我が家の1大行事のひとつだった。

苗の種を植える"種まき”、この季節に行う"田植え"、そして秋の"稲刈り"を親戚が集合して手伝うのである。

今考えると、大人たちはせっかくの休日にこんな大仕事をするなんてかなりの負担だったんだなと気づかされるけれど、当時の僕はみんなが集まってくれるのが嬉しくて3つの大仕事が待ち遠しかった。

その中でも幼い僕が1番ワクワクしていたのはやっぱりは田植えだった。

赤ちゃんの時、裸足で芝生の上に降ろされると号泣し、幼稚園でみんなが裸足のまま外に飛び出ていくのを横目にせっせと靴下と靴を履く少年だった僕だが、田んぼに入るのはたまらなく好きだった。

サラサラとザラザラのちょうど中間みたいな泥に足を入れると、足の指の間から泥がニュルッと抜けていく。1歩前に出すだけでも大変なのに、僕は田んぼの中を走り回った。ヒルに血を吸われないよう注意して。

それを見るとおじいちゃんは「通学路で怖い人に声をかけられたら田んぼの中を走って逃げろ。」と毎年言っていた。

ある程度田植えが進むと、お母さんやおばさんが、軽トラに冷たい飲み物やお菓子、テーブルや椅子を積んで田んぼにやってくる。

"ブロロロロ"という軽トラの重いエンジン音が休憩の合図なのだ。

田んぼに入れるために引きあげている井戸水で豪快に手を洗う。この日だけは好きなジュースを飲んでいい決まりである。

駐車した軽トラの荷台から足をぶらぶら放り出して飲むキンキンに冷えたコーラは夏の味がした。塩分補給用の漬物はおばあちゃんの味付けだから少し塩辛くて、もっとコーラを飲んだ。

ちょっと休憩しただけなのに、足元の泥はカピカピに固まっていて、日差しの強さを教えてくれた。

もう少し作業をして、軽トラの荷台に乗って田んぼから家に帰ると、夕方のとっても気持ちのいい風がおでこに当たって、

早く来年の田植えをしたいなあ

なんて思っていたんだ。


今年もまた、夏がくる。


あの日、田植えで飲んだくらい美味しいをコーラを、また飲めるといいな。



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