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優しさは心の余裕と体力 —学生編集者の過酷日記―

最近、直属の上司が変わった。2年目の女性の先輩から、ベテランの男性社員Gさんへ。自ら私の教育係をやらせてほしいと言ってくれたのだそう。

少し前に、無事に卒業論文を提出した。

卒論を提出するまでの数か月間は、思い出すだけでつらい生活だった。始発で会社に行って仕事をし、始業前に学校へ向かう。学校で卒論を書き(途中仮眠)、19時には会社へ戻り深夜2時まで仕事。もちろん電車はないので漫画喫茶へ行き、卒論を書き、再び会社、学校の日々を繰り返した。

そんな生活を唯一知っていたのが、Gさんだった。早朝に仕事を終えて学校へ向かおうとしていると、出社するGさんにばったり会い、「今日は学校のはずでしょう。なんでいるの?」と聞いてくれた。Gさんは、私が学生であることを忘れずに気にかけてくれた唯一の先輩だった。

卒業だけは必ずさせてほしいと面接でいうと、卒業論文の期間は休ませてあげると言ってくれていたはずなのだが、仕事の量は決して変わらなかったので、死にそうな日々を送るしかなかったのだ。

先輩たちに顔を合わせるたびに「来週から卒論で数日間お休みいただきます」と主張しても、はいはいと聞いているのか聞いていないのかわからないような返事をされ、いざ休みに入ると「そんなの聞いていない、社会人としてどうなんだ」と連絡が鳴りやまない。

よく、女性ファッション誌で働いているというと、「ドラマのファーストクラスみたいな感じ?」とよく聞かれたが、正直、まさしくそういう光景が私の目にも映っていた。現実世界で。(編集者を目指している方、そんな編集部ばっかりじゃないです、ご安心を)

Gさん以外の先輩は、「学生だからって甘えてるんでしょう」と直接言ってきたり、嫌味を言われることがもう日常茶飯事だった。

そんな様子と、学校と会社を両立しようと必死の私を見守ってくれていたからか、私の教育係になると編集長にかけあってくれたのだった。

この時もう正直くじけそうになっていて、卒業論文を提出したその足で代が菊の学生相談室へ駆け込み、今の就職状況を話していた。

なんで出版勤務の人は死なないのかと疑問に思い、「編集者 過労死」で検索かけるくらいキツかった。仕事を楽しむ余裕なんて1ミリもなく、とにかく毎日タスクをこなすことでいっぱいいっぱいだった。

そんな何十年もそんな生活をしているGさんにみんなサイボーグみたいですねと笑って話すと、「今はつらいかもけど、きっと仕事が分かるようになると楽しめるよ。勉強も同じでしょ」という言葉をくれた。

そんな尊敬する上司を見ていると、優しさって心の余裕と体力なんだと感じる。

尊敬できる上司に出会えて、ほんの少し仕事に楽しい気持ちが増えました。

わたしもあんな編集者になりたい。


けど、毎月校了後に過労で40度の熱出している私には体力が足りないのかもしれない。


ちなみに、今も。

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