友達のタミー(夢幻鉄道二次創作)

3歳になる僕の娘が、夢の中でタミーという友達が出来たの!と嬉しそうに言った。
「優しくて、おしゃべりで、面白くて、甘いものが大好きなの!」

タミーが現れてから、娘はとても元気になり、夢の中でのタミーとの出来事を、僕に教えてくれるようになった。

「タミーがね、魔法で私の怪我を治してくれたの!」
「タミーがね、私の着ているワンピースをかわいいねって褒めてくれたの!」
「タミーがね、チョコレートを作ってきてくれたの!とっても上手だったぁ!」

ずっと同じ子の夢を見るなんて不思議だな、なんて思いながらも、僕はタミーと娘の不思議な交流を見守ることにした。

ときにタミーと喧嘩することもあった。
でも、翌日になると仲直り。
「タミーってね、たまにうるさいこと言うのよねー」
そう言って拗ねている娘の顔は、イタズラに失敗したときの険しい表情と同じだったのて、僕は思わず吹き出してしまったのだった。

ある日、娘が言った。
「タミーがね、いなくなっちゃったの」
あれだけ仲の良かったタミーが、最近夢に出てこなくなったらしい。
「なにかタミーにひどいこと言っちゃった?」と聞いてみた。
娘は、わからない、と答えた。
「どこかに遊びにいったんじゃない?」
さらに聞くと、娘はポロポロと泣き出した。
「わたし、タミーに嫌われたのかな?」

僕の胸の中でしくしくと静かに泣き続けた娘は、やがて泣き疲れて眠ってしまった。
まぶたは赤く腫れぼったくなっている。
僕は、そんな娘の頭を撫でた。
気持ちが昂っていたせいか、すこし汗ばんでいた。

娘の小さな胸にできた傷は、娘にとっては耐え難い痛みなのだろう。正確な痛みを推し量ることのできない僕は、そんな娘の気持ちに、果たして親として寄り添えているのかいないのか。


僕はそっと立ち上がった。とにもかくにも、こうして寝てしまった娘は、きっと朝まで目を覚さない。
娘を起こさないように、恐る恐るドアをあけ、娘の部屋を出た。

そこは、僕の知らない場所だった。

「ーは?」

目の前には、どこからどうみても駅。
ただし、人も寄り付かなさそうなくらい、静かで暗い駅だ。

どうして僕はここにいるんだろう。
頭は混乱していたが、なぜか体は勝手に動いていた。

気がつくと、列車に乗っていた。
すると列車は走り出す。
僕が乗るのを待っていたかのようだった。
夜空を走る列車。みたことのない風景。
目の前に広がる世界を、僕はただただ言葉もなく見ていた。

やがて、大きな町が見えてきた。
煙突からでる雲に覆われた町。
僕はこの世界を、娘に何度も読み聞かせた絵本の中で見たことがあった。
モデルとなった町だろうか?

列車は、煙突の町の駅に止まった。
どうやらここが終着駅らしい。
列車をおりたとき、車掌が僕に話しかけてきた。
「探し人、見つかるといいですね」
「探し人?いったい誰のことですか?」
僕は思わず聞いた。
車掌は笑いながら言った。
「きっと見つかりますよ、ここは夢の中ですから」

町の中を、絵本の記憶を辿りながら歩く。
大きな煙突。ゴミ処理場。そして、ゴミ処理場につながる川。
こんな感じだったかな、と思いながら進む。
不思議な姿の怪物や、それをいじめる子供たち。絵本に登場したキャラクターたちの姿は、そこにはなかった。
夢の中?夢の中だって?
どう考えても今いるこの場所は、現実にしか思えなかったし、一方で現実とは思えなかった。

「もしかして、みっちゃんのお父さん?」
不意に声を掛けられた。
あーだこうだと思考が働いていたため、突然の呼びかけにビクッとなってしまった。
振り向くと、小さな女の子が立っていた。
娘と同じくらいの歳だろうか。利発そうな女の子だった。
「…君は娘を知っているのか?」
「うん、よく一緒に遊んでるの!」
女の子は人懐っこい笑顔を浮かべ、そう言った。やっぱりみっちゃんのお父さんだった!なんか雰囲気が似てるもの、と彼女は言った。

ふと、頭の中で馬鹿馬鹿しい可能性にたどり着いた。
もしかして。
いや、そんな馬鹿な話があるわけないと思うが、もしかして。
どんな突飛な発想でも、思いついたら確認せずにはいられなかった。

「君が、『タミー』、なの?」

聞いてしまった。
本当に我ながら、馬鹿な質問をしたと思う。
あの車掌の言うことを間に受けて。
いい大人がなにを言ってるのか。

すると女の子は、キョトンとした顔をして、
「違うよ、私の名前は、かえで」
と、答えた。

そりゃそうだ。そんな馬鹿な話があるはずがない。
あまりにも不思議なことが起こるから、頭がどうかしてたらしい。
僕は思わず苦笑してしまった。
娘の友達に、変なお父さんだと思われたかな。
「ごめんごめん、娘が『タミー』っていう子と仲がいいって言っててさ」
僕は、言い訳するように言った。
すると、女の子は、
「『タミー』なら知ってるよ。よく一緒に遊ぶもん」
タミーは子供じゃないけどね、と、彼女は言った。


僕は、娘の友達のかえでに案内されて、海辺に止めてある、漁船の前まで来ていた。
絵本の中で、この漁船は、風船を沢山取り付けて、空を飛ぶ。
だが、実際に目の当たりにしてみると、風船を取り付けたくらいじゃ、到底飛ばない気がしてくる。
そりゃそうだ、絵本の中の話なのだから。
いまさらファンタジーを否定して何になるというのか。

「あ!きた!タミー!こっちこっち!」

かえでが大きな声を上げる。
やがてやってきた人物のシルエットが視界に入った。確かに子供ではなかった。
しかし、そんなことは問題ではなかった。
どんどん近づくにつれて。
その姿が明確にとらえられたとき。

僕は息を呑んだ。

「こんにちわかえで。この方は…?」
「みっちゃんのお父さんだよ!」
「そうなんですね、はじめまして」
タミーに挨拶をされている。
それは認識していた。
だけど、どうしても言葉が出なかった。
「どうされました?」
その言葉でハッとする。
何か、なにかを言わなくてはいけないのに。

「いや、あの…ごめん」
「あれ、タミーって、みっちゃんのお父さんと知り合いなの?」

かえでが不思議そうに聞いてくる。
思わずタミーを見てしまった。
バッチリと目が合う。
どくん、と。
心臓が跳ね上がった。
これは。

「違うんだ、貴方が、あまりにも」

受け入れがたい事実を、頭が拒む。
やはり、これは夢だ。
そう思いたいが、体が拒む。

「死んだ妻と、似ているものですから」

…。

穏やかな波の音だけが響き渡る。
顔が、全身が、熱を帯びて、汗に変わる。
今日の僕は、もしくはこの世界は、おかしい。
変な列車に乗って、絵本の世界みたいな街に来て、妻と瓜二つな女性と出会って。
あまりにも非日常な出来事ばかり起こるせいで、少しも冷静になれない自分がいる。
おかげで初対面の女性を戸惑わせるような妄言を吐いてしまった。
こんなこと言われたって、反応に困るじゃないか。

しばらくその場を支配していた静寂を開放したのは、『タミー』だった。
「そう…じゃないかなって思ってました」
彼女から出てきたのは、そんな言葉だった。
予想外の回答すぎて、僕の方が反応に困ってしまう。
僕のトンデモ発言も、彼女には心当たりがあるらしかった。
あるいはそんな彼女の反応を、僕はどこかで期待していたのかもしれない。
汗が、止まらない。

「私はみっちゃんが夢の中で作った存在なんです。だから、自分が何者かは知りません。
でも、みっちゃんと接してるうちに、なんとなく、私はみっちゃんの母親なんじゃないかって…だんだん思えてきて…」
ポツポツと紡ぐように出てきたものは、少し懺悔のような色を孕んでいた。
「だから、みっちゃんが間違ったことをしたり、危ないことをしようとしたときは、思わず叱っちゃったんですよね」
お父さんの知らないところでごめんなさいね、と、彼女は言った。
大丈夫です、ありがとうございます、と僕は答えた。ほとんど無意識に。

何かを言わなくちゃ、と思った。

「…あなたは確かに、私の妻と瓜二つです。ただ、髪の毛が長くてビックリしましたけど。僕が覚えてる妻は、髪長くなかったですから」
薬の副作用があったので…。
いや、違う。
こんなことを伝えたいんじゃない。
「きっと、長い髪をしたお母さんの方が、印象的だったんでしょうね?」
手を口に添えて、クスクスと笑いながら彼女は言う。
いちいち、みたことのある仕草。
心臓が痛くなる。
彼女は彼女であって、妻ではないのに。
妻ではないのだろうか、本当に。
妻にしか見えない、姿をしているというのに。

妻なのか。妻であれば。

「…娘が、よく貴方のことを話してくれましたよ、楽しかったみたいで」
「こちらこそ、です。みっちゃんと遊んでるときは、童心に帰った気持ちになりました」
「確かにたまに不貞腐れてる姿も見ましたけど、それも含めて楽しんでる感じでしたよ」
「それを聞いてホッとしました」
「毎日、楽しそうだったんですよ。貴方は娘の支えになってくれたんです」
「そんな大層なことでは…」
「どうして」
「はい」
「どうして、最近娘と会ってくれないんですか?」

いなくなるなんて、ひどいじゃないか、と。
気持ちが溢れ出すと、止まらなかった。
分かっていた。
八つ当たりだと。
娘は、妻の死を受け入れられていない。
そんな当たり前の事実に、僕はずっと目を背けていた。こうして夢の世界で彼女に会うまで。
僕は娘を理由にして、自分の罪悪感を彼女に押し付けてるだけだった。
なにより、

僕自身が全然受け入れられていないのだ。

「ごめんなさい。私ももっとみっちゃんと会いたいと思ってますが…」

申し訳なさそうに、彼女は言った。

「これはあくまで私の推測なんですが、みっちゃんは、お母さんの記憶が、だんだん薄くなっていってるんだと思います。まだ私はここに存在しますし、完全に忘れてしまったわけじゃないと思うんですが」
時間の問題かもしれません。
言いづらそうに彼女はそう言った。
僕は頭が真っ白になった。
まるで、妻が二回目の死刑宣告を受けたかのようだった。

「みっちゃん、よくお父さんの話をしてくれるんです。今日はお父さんがご飯作ってくれたーとか、お父さんのいびきがうるさくって目が覚めちゃったーとか。
そして、最後に必ずこう言うんです。お父さん、ずっと悲しい顔してるの、って。みっちゃんなりに心配してるんだと思います。
…お父さんの気持ち、みっちゃんに話してみたらどうでしょう。お母さんがいなくなって、悲しんでるのはお父さんも同じだって分かれば、きっと少しだけ、気持ちが楽になると思います」

「…そうなのかなぁ」
ああ、やっと気がついた。
僕は、疲れているんだ。自分が思うよりもっと。
思えば妻が亡くなってから、自分のことを考えるようなことはしなかった。
考えないようにしていたのだろう。
僕は誰かに救ってもらいたかったのか。誰かに縋りたがったのか。
誰に?娘に?娘は頑張っている。これ以上何を望むんだ?
では、妻に?
妻はもういない。
一年前に、妻はこの世を去った。
縋るのか。いま目の前にいる彼女に。
彼女は妻じゃない。
いや、彼女は妻だ。
妻じゃなかろうとタミーだろうと彼女はー


「いや、正直わかりませんけど!」


パチン、と頬を軽く叩かれたような。
そんな声で、僕はふと我に帰った。
僕の負の思考連鎖を断ち切るような極めて明るい口調。よくよく考えてみると、その内容は無慈悲なものだったが。

彼女と目が合った。
花が咲いたように眩しい笑顔が目の前にある。
僕はきっと、対照的な、どうしようもない顔をしてるはずだ。
なのに、なぜ、そんな顔をしてるのか。

「まぁ、どーーしても、みっちゃんがお母さんに会いたくなったら、今度はみっちゃんをお父さんの夢に招待したらいいじゃないですか!」

あなたは、奥さんを、忘れたりしないでしょう?
そう言って、イタズラが成功したかのような顔で、彼女は笑った。
そうだ、彼女はこうやって僕にいたずらをするのが好きだった。
目の前にいるのはやはり、僕の妻だ。

「みっちゃんは、お母さんの死を受け入れようと頑張ってますよ。その証拠に、私はお母さんじゃなくて、タミーとして生まれました。本当にお母さんがいないのが耐えられないのであれば、きっと本物のお母さんが夢に現れるでしょうから…だから、こうしてお父さんと会えて、よかったです。
自分が存在した理由が分かりましたから。
私は忘れられて、消えてしまいますけど、心残りはありません」

なんと言ったらいいのかわからなかったが、たしかに彼女は吹っ切れたような表情をしていた。

「もうすぐ、みっちゃんが目を覚ましそうです。近くにいてあげたらどうでしょう」
駅まで送って行きますよ、と彼女は言った。
「もし、みっちゃんが私のことで悲しんでいたら、こう伝えてください。タミーはめちゃくちゃ金持ちでめちゃくちゃカッコいい男の人に嫁いだから、いまめちゃくちゃ幸せなのだと」
「妻の姿でそんなこと言われると複雑なのですが…」

昔から、僕は彼女に敵わない。


列車から降りると、そこは娘の部屋だった。
すっかり朝になって、カーテンの隙間から光がさしている。
だが、彼女が起きる気配はない。
「もうすぐ起きる…って言ってなかったっけ?」
そんな独り言を聞いてくれる相手はもういない。でも、不思議と心は落ち着いていた。

娘に何を伝えよう。
タミーと会ったことを伝えようか。
タミーに嫌われてるわけじゃなかったよ、と。
へんてこな伝言も預かってきているんだけど、と。

そうだ、変な強がりをいっていたな、「忘れられるけど、心残りはない」とか。

心残りはないって?
嘘をつくな。
彼女が妻なら、それが偽りの気持ちだとすぐわかる。

忘れないように、娘とノートに書き記すんだ。
忘れさせるものか。
「友達のタミー」を。

パパはママのように、上手に絵は描けないけれど、長い長い文章なら書ける。
上手い下手は関係ない。
所詮、書くのは夢の話。
なんでもありの、ファンタジーのお話なのだから。
自由に書いてもいいだろう?
文句があるなら、直したらいいじゃないか。
夢の脚本に、プロがいるのかわからないけれど。


おしまい

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