見出し画像

家族3人分の遺品整理を32歳でした時の話

32歳で父、母、弟の遺品整理。そして実家の売却


今回は、私が32歳の時に行った家族3人分の遺品整理をした時のことを思い出して書いてみようと思います。
前回のnoteにも書いたように、私は家族を早くになくしています。弟、父、母の順番にそれぞれ病気や事故で亡くなってしまったのですが、母が亡くなったのは私が29歳の時でした。

まさかのタイミングで母が亡くなってしまう

私の人生はつくづく波乱万丈というか、なぜこのタイミングでということが本当に多いなと感じるのですが、母が亡くなったのは私が長男を出産して1か月と2週間ほど経った頃でした。私が初めての育児で右往左往している時に、母が亡くなってしまったので、母が亡くなったことを知った時は頭の中でなかなか整理がつけられず意識が朦朧としていました。今でも当時のことを思い出すと、胸が苦しくなるのでこれ以上詳しくは書かないようにしようと思いますが、本当に本当に辛かったです。

生後1か月の息子を連れて実家に帰り、喪主としてお葬式の準備なども進めていかなくてはいけなかったので、ほとんどの段取りは親戚がやってくれたとはいっても、まず何をすれば良いのか混乱するばかりでした。

母の思いがつまった実家

四十九日や納骨も済ませ、やっと落ち着いてきた頃やっと「実家をどうしたら良いか」ということを考えはじめました。実家は、私が高校1年生の時に引っ越しをした家なのですが、母は亡くなった弟の遺品などはほとんど捨てずに取っておいていたので、弟の学習机やランドセル、給食袋、図工の作品なども亡くなった日のまま残してありました。

私は実家から車で1時間半ほどの距離に住んでいるので、自宅は実質空き家になってしまっていました。家は手入れをしないと悪くなるし、まだ小さい長男もいるため頻繁に通うことは難しいので売却する方向で進めることにしました。

遺品整理の優先順位を決める

しかし、母は思い出を大切にする人で実家にも思い入れがあったので、せめて三回忌は自宅でやってあげたいと思い、そこから遺品整理を開始することにしました。

とは言っても、遺品整理を一人で行うことは難しく、作業の間親戚に長男を預かってもらっていましたが、そんなに長時間の作業はできないので、協力してくれると言って下さった父の友人の手を借りながら進めていきました。

私はまだ当時32歳で、当然周りに遺品整理の経験がある友人もいません。けれど、直感的に思ったのは「遺品整理は感情をいれてやってはいけない」ということでした。けれど、逆に何も考えずにやると後悔が残るようにも思います。そこで私はざっくりと優先順位を決めることにしました。それは、大切にしたい人の思いの順番です。

私の遺族の物に対する考え方を整理してみることにしました。

  1. 父→物には特に執着なし

  2. 弟→おそらくそんなに物に執着はない

  3. 母→弟に関わるもの、家族の思い出の品を大切にしていた

  4. 私→物への執着なし

整理をすると、遺品整理で最も重要なことは「母の気持ちを尊重すること」なのではと考えました。しかし、勿論すべてのものを自宅に持ち帰ることはできません。優先順位の中で、優先度が高いものだけを厳選して残すことに決めました。

そして、家族分のアルバム、弟のランドセル、五月人形、弟の図工の作品、母が大切にしていた小さなぬいぐるみ(母が祖母につくってもらったもの)などを残し、後は私のものなども含めてほとんど処分しました。私は卒業アルバムもすべて捨てました。それくらい、私は物を持つことに疲弊してしまったのです。

思いのつまった物には重みがある

物を持つことはしんどい。思い出を持つことはもっとしんどい。私はこの遺品整理を通じて、身体一つと生活に必要なものだけあれば良いという考えになりました。

遺品整理のために実家に帰ったのは全部で3回ほどでした。そして、ホームセンターで買った新しい段ボール箱3箱ほどに遺品を入れて帰りました。まだ子供が小さかったため、持ち帰った遺品をさらに整理するのに長い時間がかかることが予想されたので、せめて新しくて綺麗な段ボールに保管をしておきたいという気持ちでそうしました。

私なりの遺品整理

そして、時間を見つけてはできるだけ丁寧に遺品を整理するようにしました。それが私にできる唯一の供養のように思ったからです。弟のランドセルは、ちょうど私の息子のランドセルを購入しに行くタイミングで、工房の方にキーホルダーなどにリメイクができないか相談をしてみました。その工房の方はとても親切な夫婦の方で、弟のランドセルを実際に見たいとおっしゃって、ゆっくりと見て下さった結果、弟のランドセルが合皮であり、経年劣化も減げしいため、どうにもできない旨をとても申し訳なさそうに伝えてくださいました。そして、私に「処分をしても、きっと気持ちは分かってもらえます」とおっしゃって下さいました。私は弟のランドセルを可燃ごみの日に出すことにしました。結局捨てることにはなってしまったのですが、自分の納得がいくまでどうにかできないか調べたので、それが私なりの供養なのです。私は一人で弟のランドセルとさようならをしました。私が死んでしまって、弟のランドセルを夫や長男に託すことになるのも違うと思うので、私の代で片づけるべきものは片づけた方が良いのです。

そして、五月人形は神社で人形供養をお願いし、アルバムは分厚い10冊ほどのものから一枚ずつはがし、コンパクトなアルバムへと移し替えました。これらは、今私の家にある小さなお仏壇の周りにまとめて置いてあるので、私が死んだらすべてまとめて処分してもらおうと思っています。

遺品整理は本当は一人でやらない方が良い

遺品整理をして、何度かは泣きました。それは家族の思い出を振り返って悲しくて流した涙ではありません。どうするのが正解かわからず、この作業を(仕分ける作業)を、ほとんど一人でしないといけないことが苦しくて苦しくて涙が出ました。一人であるということを突き付けられた気がしたのです。

しかし、遺品整理は大変さは精神面のものだけではありません。たくさんの家具があったり、本当に捨ててはいけない貴重品をチェックしたりと、本当に体力がいります。そんな時、助けてくれたのが父の同級生の方たちでした。あの時、助けてもらえなかったら、私はもっと大変な思いをしていたことは間違いありません。本当に感謝をしています。

これから遺品整理をされる方がもしこのnoteを見て下さっていたら

遺品整理は最低限の優先順位を決めたら、あとはスピード重視で良いのではないかなと思います。あまり長い時間向き合いすぎると、思い出に侵食されるというか、進まなくなってしまいます。思い出は心の中にあるものだけで、本当は十分なのではないかと私は思います。なので、あまり罪悪感を感じずに断捨離を進めていく方が良い心を痛めずに済みます。大切なのは、今生きている人。そして目の前にある時間です。思いがあれば、きっとご家族もわかって下さるはずです。

30代の終活?


30代で終活をする人はほとんんどいないと思います。でも私は、若いうちに遺品整理をしたので、経験者としてなるべく亡くなった後に、家族がやるこは少なくしておきたいと思っています。自分に必要がないものは自分が責任を持って捨てる。遺された家族が苦しい思いをしなくて済むように、シンプルな暮らしを心がけたいと思っています。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?