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ちいさなせかい

 彼女ほどきれいで、かわいくって、強い人を私は見たことがない。
 小山内夏海は、私の幼稚園からの同級生、幼馴染である。まだいまいち人間としての顔を確立していない園児たちの中で、彼女だけは匂い立つような瑞々しい美しさをたたえてジャングルジムに存在していた。
 郊外と田舎の中間、煩わしいほどの人との距離も、人込みもないようなとある市に私は生まれた。都会すぎない、しかし、誰にも見つからないような僻地ではないところに夏海が生まれたのはいわば必然なのかもしれない。彼女という神秘が美しく育つために用意された運命、運命。その歯車の一部として、私は存在していた。
 私たちの通う、あさがお幼稚園の入園式の日は曇りだった。粗い筆遣いでぬりつぶされたような濃灰の重たい雲が、見知らぬ環境へ足を踏み入れる私たち園児の神経をさらに逆撫でしていた。親と離れ、決められた席についた四〇人は、そわそわピリピリとしながら、お互いの様子を探りあっていた。例にもれず落ち着きなくあたりを見渡した私はとある椅子に目を止めた。同じ幼児用の金属と木でできた愛想のないものであるにも関わらず、その椅子だけは玉座のように見えた。
 さらりと落ちるくっきりと黒い長髪。それによってより際立つ白磁のような肌。宝石のような漆黒の瞳。人形を超えた静謐な美しさに、幼い私は囚われることしかできなかった。
 視線を彼女に固定されたまま、式典は進んだ。人生の晴れ舞台。私にとってのそれは彼女との出会いという事実の前では些細な現象に過ぎなかった。

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