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墓石に、ご挨拶

今日は何度目かのお墓参りに行った。印象に残る昔のお墓参りの出来事を思い出した。

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   秋晴れのある日。
 不慣れな職場を離れての、研修会の帰り道だった。不慣れな職場、といっても、その年の春からの新入社員だったので、すべて初めて、不慣れは当然である。
 研修会は、県庁所在地で行われた。私の勤務先から研修会場までは、当時、高速道路を利用して自動車で2時間、見なければならなかった。実家からだと、職場まで3時間、始発電車は10時頃到着という、一人暮らしは必然で、働くことも、一人で暮らすことも初めての私であった。
 前の年の冬に、父を見送っていたし、母を見送ってからも4年が経っていた。たびだちに際して家族一同で見送れたことは、運が良かったのかもしれない。 父を見送ってからほどなくして、採用が決まったと連絡が入った。当時は氷河期といわれ就職率がものすごくわるかった時代。そのうえその業種の倍率と言ったら夢物語のような数字だった。それにもかかわらず合格の流れに行きついた私は、友だちからは「合格するなんて運がいい!」と言われ、かと思えば実家の祖母は「息子(私の父)にも娘(私の母)にも先立たれるなんておれは不幸せで不幸者だ」と嘆いていた。運が良くて、不幸者のばーさんを抱える私は、幸せか、不幸か、運がいいのか悪いのか。喜んでいいのか悲しんだらいいのか、いかんともしがたいとはこの時期の私のことだろう。
 ばーさん(祖母)は、夜勤のある看護師だった母のかわりに、家事の一切合切取りしきり、我が家の中心人物であった。当時の私にとって祖母の言うことはほぼ絶対であった。だから、私はどちらかというと不幸せで不幸者の部類なのだろうと自分を設定して生きていた。不幸せで不幸者は人より努力して苦労して何かを身に付けていかないと、幸せになれないと考えた。
 仕事は一生懸命やった。当時から、4年ほどはもう、365日中のうち363日くらいは仕事のことで頭がいっぱいいっぱいだった。母の命日と、父の命日くらいは、母と父のことで、いっぱいな頭だった。


 その、研修会の帰り道、あることを思いついた。お墓参りである。研修会場から職場まで片道2時間、直帰してよいとの指示。回り道をすることにはなるが、20分程度のことであるから、某県庁所在地、某市内の市民墓地に足を運んでから帰宅することにした。
 お盆でもお彼岸でも、お葬式でも、法要の当たり日でもない時にお墓参りに行くことがなかったので、新鮮だった。


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 お墓につくと、
「世の中の流れ的にはお墓参りとは関係のない日なのに、私は一体なんでこんなことしているのだろう」
 という気持ちになった。黒光りする墓石に、自分の姿が映っていた。なんかしゃべろうと思っても、返事があるわけではないのはわかっているので、何も口にすることはできなかった。口にすることはできなかったが、頭の中でぐるぐるぐるぐると、考えているのだった。ぐるぐると考えていたのは、見送る前後のシチュエーションだった。いくら私の脳内で再生をくりかえしたところで故人の過去も未来も変わらないのだったが。そのうち脳内再生は一時停止をし、次に、漫画やドラマでありそうな展開を期待した。
「墓石に、何か、映んねーかな…ッ」
めそめそとイライラの境地で、ついに口から飛び出た言葉。
黒光りする墓石をここぞとばかりにガン見する。つやっつやでとても硬そうな。だいたい、家族と一緒に墓参りに来た日には、心置きなく思う存分見つづける、思いのたけを墓石にぶつける、なんてことが、できない。

 見れば見るほどに映っている。ただし、
めそめそとした顔の、自分以外の何者でもない者が、確かに映っている、だけ。
背景は、
秋晴れの清々しい、めそめそとは正反対の良いお天気の午後だった。
少しして、我に返った。
泣いても何も変わらない。
とりあえず、この世は通常営業だということを自分自身に確認した。自分の姿以外何も見えない。当然。
片道2時間の運転をよっしゃ、と覚悟して帰宅することにした。
「また、来るからね」と、小さくつぶやいて。

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 足元の荷物を持ち、振り向いて、顔を上げると、北東の空には虹がでていた。
 めそめそとした私の涙が、雨に変わったのだろうか。まさか。不思議な午後だった。
 

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生きててよかった、そんな瞬間のことを、自分の体験から、書こうと思います。宮城の地から、トビラを開けます。



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※お墓の石の色は、地方によって特色があるそうで、東日本は黒色、西日本は白っぽいのが多いと、墓石屋さんのサイトにもありました。