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すみか

この国には昔から7月16日になると
10歳以上はみな海へ入る習慣がある。

7月に変わる頃から町がザワザワしてきた。
年に1度、魚と人間の住む場所が入れ替わる日。

まず20歳から40歳の男性がジャブジャブと
海へ入っていく。
その40万人もの体積で水面はみるみる陸地へ迫ってきて、浜辺で待機していた若い女性達は膝あたりまで水につかる。

およそ6時間かけて10歳以下を除く全国民が海へ入った。

砂浜なんかはとっくに無くなっていて
標高の高い山以外は皆、海水に浸かっている。

ふだん
人が行き交う道や町には
魚やエビが泳いでいて、
マグロの群れがある沖合いには人間達が遠くの大陸のように固まって浮かんでいる。

夕日が沈むと同時に人間と魚たちが
ペチペチ音を鳴らしながらすれ違い、
ふだんの住処へ帰っていく。

なかには普段の生活に帰りたくない、と言って
海に残る者もいる。
死が待っていることを本人は気にしない。

大人たちは海水が海へ引くと共に
町に必要のないものも一緒に流れてゆくと
子供たちに教え、
「今年も町がキレイになった」と満足げに話す。

今夜もこの国に日常が訪れる。

このとき、10歳以下の国民は
1つの山の山頂で1日を過ごす。
そのため、山は普段から歩児山(ふじさん)と呼ばれている。

もうすっかり山頂は凹んでしまった。

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