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Rahsaan Pattersonについて① / D'angeloにもFrank Oceanにも成らなかったR&Bシンガー

私にとっての”Rah”とは


 長いタイトルをつけてしまった。R&Bは熱心に聴かなくてもD'angeloFrank Oceanは聴く、という方は少なくないのでは。ジャンルミュージックに収めることのできないほどの特別な作家。自分にとってのRahsaan Patterson(以下Rah)というアーティストは、つまりそういう存在である。
Rah氏についてこれほど入れあげている人を私は寡聞にして知らないので、ちょっと書いておこうと思った。中でも1st~3rdアルバムは奇跡的で、今でも聴き返す。なのでまずは①と題して彼ののキャリア初期(1997年~2004年)についての走り書き。

 Rahの音楽はR&B以外の何物でもなかったが、それと同時にソウルでも、ネオソウルでも、ブラック・コンテンポラリーでも、トゥデイズR&Bでもなかった。70年代の、ファンクを下敷きにしたソウルミュージックが出発点だが、その音楽は90年代後半~00年代前半の都市生活者の侘し気なフィーリングを湛えていた。

 そういった存在が彼一人だったとは言わない。例えばMaxwallは同じくらい都会的だし、特別に美しい声を持ったシンガーだし、おまけにずっと有名だ。しかしそれでもRahの音楽を扱う手つきは際立ったものだ。Rahはなんの変哲もない楽曲を無限に膨らませ、代えが効かないものにしてしまう。RahはMaxwellのような不器用なコンセプトを必要としない。

1st Album 『Rahsaan Patterson』から1曲

 ヒット曲と呼べそうな曲は贔屓目にみても皆無である彼だが、それでもなんとか代表曲を紹介してみよう。デビューアルバム『Rahsaan Patterson』収録の「Spend the Night」

なんら新奇なところはない流麗な生音R&Bである。どんなすごい音楽かと期待していた方には申し訳ない。しかし私は約20年来この楽曲に魅了されてきたし、いまだにその魔力は減退することがない。シンプルな循環コードと”Spend the Night”とくり返すコーラスが美しい、素敵な夜のためのスロウジャム。全体的にさり気ない印象だがRandy Waldmanが手掛けるオーケストレーションの豪奢な響きには抗いがたいものがある。シンプルなビートは背後にコンガを忍ばせていて瑞々しい。甲高い声の持ち主である若かりしRahは、少し頼りなさげにしかし的確に雰囲気を作り上げる。すべては楽曲に奉仕する。

2nd Album 『Love in Stereo』から1曲

 99年リリースの2ndアルバム『Love in Stereo』は1stの都会的なテイストを一切損なうことなく、ぐっとファンクに舵を切った作品。中でも私のお気に入りは怪しげなディスコトラックの「It Ain't Love」

なんという洗練だろう。ヒップな服装でステップを踏むRahが目に浮かぶ。エレピ、シンセベース、パーカッションにクラップ、ワウのかかったギター、またもやRandy Waldmanによるジャジーに仕立てたストリングス、耳にまとわりつくファルセットから深いチェストヴォイスまで自在に行き来するRahの声。全てがゾクゾクするほどファンキーでありながら一切汗をかかない。

 1stと2ndの時点で、ヒップホップの力を借りずに現代的で、音楽的なのにマニアックでも説教臭くもない(ソウルバーっぽくないとも言える)、洒落ているのにボヘミアンでもない、他のどこにもないR&Bを作っていたのがRahsaan Pattersonだった。少し言い過ぎかもしれないけど、私にとってはそうだった。

3rd Album 『After Hours』から1曲

 私のモスト・フェイヴァリット・アルバムは2004年の3rd『After Hours』だ(残念ながら配信音源は無し。今すぐCD買いましょう)。99年の2ndから04年までの間にR&BシーンはD'angeloの『Voodoo』という事件を経験しており、私はこの『After Hours』にどこか『Voodoo』に対する意識を感じる。これまで小粋な洗練を極めていたRahが、更に代えの利かないステージに踏み込んだ印象がある。洒落者感は相変わらずだが、ファンクの追求は更に容赦なくなり、スロウジャムはずっと哀しくて美しい。アルバム中の好きなトラックを挙げればキリがないが、Rahのキャリア史上最も美しいバラッドである『Don't Run So Fast』を聴いてほしい。

5年のスパンを経たRahの声は少しざらついており、明らかに哀しみの表現に向かっている。元々卓越した技術のシンガーだったが、ここでの歌いっぷりは実に堂々としている。楽器隊のアンサンブルと構成が素晴らしく、迷いのないメロディラインは美しい。相変わらずのRandy Waldmanによる間違いなしのストリングスから、メランコリックなギターのアルペジオが導かれ、それに呼応するような階段状のメロディラインのヴァースは1回のみで、1小節半の長さのハーモニーが降り注ぐコーラスになだれ込む。なんて素晴らしいんだろう。時系列は前後するがD'angeloの2014年作『Black Messiah』収録の名曲「Really Love」と並べて聴きたいような傑作バラッドだ。

Rahサウンドの担い手たち

 ①の締めくくりにRahsaan Pattersonサウンドの作り手達にも触れておきたい。まずはJamey Jaz。Rahのデビュー時から2019年の最新作までタッグを組む、まさに音楽的盟友だ。上掲の3曲ともを彼が手がけた。お聴きの通り生楽器の旨味を活かし、”音楽的な”アレンジを得意とする。良いメロディと複雑なヴォーカルワークを持ち味とするRahとの相性は抜群である。非常に優秀な編曲家なのだが、Rah以外との仕事はそれほど多くなく、メジャー所ではTevin CambellChante Mooreとの仕事がちらほら。個人的にはTrina Broussardとの曲が特に好きだった。

次にVan Hunt。自身もソロ活動を行う才人だ。この人は明確にPrinceフォロワーといった作風が特徴のロック趣向も持ったファンカー。Rahワークスでは『Love in Stereo』収録の超ファンキーな「Sure Boy」や『After Hours』収録の胸に染み入る「The Best」等、Jameyに劣らぬ手腕を振るっている。彼も生楽器を得意としながら、ソフトで流麗なJameyに対して、どこかブルージーなテイストが伺える。ギターをメイン楽器にしている人ならではだろうか。 スタイリッシュなアーティストで、PharrellSteve Lacyに通ずるオルタナティヴな佇まいが魅力。

最後に紹介するのはKeith Crouch。初期Rahの代表的なプロデューサーの中ではもっともメジャーシーンに名を残す人物かもしれない。代表的なところではBrandy, Boyz Ⅱ Men, 更にはEric Claptonのリミックスなども手掛けているようだ。正直上記二名と比べて際立った特徴というのは掴みあぐねるところがあるのだけど、最も90年代R&B然としたプロダクションかと思う。1stアルバム冒頭の引き締まったファンク「Stop By」は彼によるもの。Rah以外では前述のBrandyなども良いのだけど、個人的には少年シンガーJason Weaverの密やかな名曲「Love Ambition」を推したい。この曲のコーラスにはRahも参加。


 さて、このあたりで①は終えようと思う。この走り書きが(今のところ)1曲もヒットを生むことのなかったRahsaan Pattersonという稀代のシンガーの作品、またその周辺の日の目を浴びなかった美しい音楽に少しでもリーチするきっかけとなればと願う。もう一度言うと、私にとってはD'angeloもFrank Oceanも大切な作家だが、Rahsaan Pattersonもまたそうなのです。

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