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「ダ・ファイブ・ブラッズ」が蘇らせるカーツ大佐とウィラード大尉。この映画を見たら、地獄の黙示録、ランボーも見直すとよいかも。

Black lives matterのデモの盛り上がりもあって「ドゥ・ザ・ライト・シング」を見直したばかりなのに、スパイク・リーが新作「Da 5 Bloods」を公開。これが、黒人のプロテスト映画というよりも何世紀も続くアメリカの混沌を描いたすごいスケールの映画なのに、スパイク・リーの小気味よい演出もあいまって、まれに見る大傑作。ということで、なんでこの映画が、かつてのスパイク・リー映画以上に、私に"ささる"のか考えてみました。

「ランボー」を否定しながら、ものすごく「ランボー」な映画にみえたのです。

ベトナム戦争以後に生まれた自分にとって、ベトナム戦争とはイコール「ランボー」。当時、発売されたばかりのVHSビデオのコンテンツとして見た「ランボー2 怒りの脱出」。たぶん、農協のまつりに出てた大型テレビで流されてたな。

次のベトナム戦争は、金曜ロードショーの「ランボー」。「ランボー」は、実際には知らないけど、最も時代の近い戦争の入り口として、小学生の自分に戦争の怖さを教えてくれてました。

「ランボー2/怒りの脱出」は、ベトナム帰りのランボーが、ベトナムに取り残されたアメリカ兵を救出するために、ベトナムに単身で戻っていく。これって、プロット的には「Da 5 Bloods」に近くないかな? なんせ金塊を、いや、まだベトナムに取り残されている4人の隊長ノーマンを見つけに(救出しに)行く物語なのだから。

あ、まだ見てない人のために簡単にあらすじを。

かつてベトナム戦争で仲間だった5人の黒人の兵士、ノーマン、ポール、エディ、オーティス、メルヴィン(このネーミング、スパイク・リーが好きなテンプテーションズのメンバーの名前だそう。ピーター・バラカンさんが言っていました。ノーマンはプロデューサーの名前だとか)。ただ、隊長格のノーマンのみベトナムで戦死。その躯はまだベトナムに残ったままで、他のメンバーは40年後に、ポールの息子のデイビッドを加えて、その骨を探しに行くという話。ただ、その裏には戦争当時5人で隠した金塊を探しに行くという目的が隠れていて、いろんな勢力がその金塊を狙ってトラブルになってくる。

ベトナム戦争当時の回想、実際のドキュメンタリー映像、現在のツアー映像が行ったり来たりしながら、その金塊探し、奪い合いがドラマとして展開されていきます。そのストーリーラインだけでもヨダレが出るくらい好物。

マービン・ゲイの「What's Going on」の使い方、テーマになってるチャンバーブラザーズの「ザ・タイム・ハズ・カム」のノリなど、使われてる音楽だけでもだいぶ話すところが多い感じになっているのですが、ここでは割愛。

ランボーに戻ると、この映画の中では「ランボーなんて、あんなの嘘だよ。ベトナムはあんなのじゃない」みたいに言われるんですが、個人的にはものすごくランボーを感じる。例えば、以下のランボーの独白は自分にとってはトラウマなんですが。。。

ダン・ホースを覚えています? 賭け事が好きなやつで、妙に馬が合って、よく話をしました。帰ったら一緒にラスベガスへ行こう。そのときは彼の車でって約束した。真っ赤な58年型のシボレーでやつの自慢だった。二人でビンビンに吹っ飛ばそうッてね。
ある日町を歩いていたら、声をかけられた。靴磨きの箱を持ったガキで、『靴磨きオッケー?』って言うんです。『お願い』って。俺は断ったけどダン・ホースはつい『イエス』と言っちまった。そして、俺がビールを買いに行って帰る。その間に悲劇が起きた。靴磨きの箱には、爆弾が仕掛けられていてそいつが……! 爆発音が悲鳴と一緒になって、バラバラになった肉片が! 俺の体にへばりついた! 俺は必死に血まみれの肉片を引っぺがそうとした! 親友の! それから慌ててバラバラになった手足を拾い集め、やつの体にくっつけようとしたけど、内臓が吐き出して! やつは泣きながら言ったよ。『うちに帰りたい。うちに帰りたいよ。うちに帰って、シボレーを運転してえよ』俺はその周りを這いずり回って、千切れたやつの足を探した! でも見つからなかった!

Da 5 Bloodsは、映画の中で何度もこのランボーの独白を思い起こさせるシーンが出てきます。なので、ある箱を開けるシーンはとにかくドキドキした。結局何も起こらないんだけど。

とくにランボー4のような顕著なゴアなシーンについても、Da 5 Bloodsの中で虚実交えて徹底的に提示される。ゴアの悲惨さによる戦争への恐怖、戦争忌避への感覚。これは、この映画が「ランボーは嘘だよ」といいながら、ランボーをなぞってるんでないか、と思ったのです。

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「地獄の黙示録」の混沌をブラックアメリカンの視点で再定義してるのがこの映画。

この映画のラスト30分は「父殺し」「父の許し」「息子への謝罪」というまさに西洋神話の色が急に濃くなってくる。ベトナム戦争物で「父殺し神話」と言えば「地獄の黙示録」。Da 5 Bloodsの中ではボートで川をさかのぼり、「ワルキューレの騎行」がながれる。ディスコに「アポカリプト・ナウ」と書かれてる。まあ、テーマからして「地獄の黙示録」への目配せが多い。

「地獄の黙示録」は、ベトナム戦争のどさくさに紛れて、ジャングルの奥に帝国を築いているカーツ大佐を、まっとうな若い士官のウィラード大尉が暗殺に行くという話。端的に言うと父のような存在である、優秀な軍人のカーツを殺し、ウィラード自身が父に取って代わって王になる話。

カーツはまるで悪魔に憑かれているかのように自分の帝国を作っていたが、それを暗殺しようとするウィラード大尉も、カーツに近づくにつれて、だんだんと悪魔のようになっていく。そういったカオスなアメリカ、ベトナムを描いた話だ。


Da 5 Bloodsで展開される、父殺しの混沌とした物語はもう少し飛躍する。

核心のネタバレになるので詳しくは書けないが、Bloodsにとって理想の父であるノーマン、その父を慕い自分の息子メルヴィンを愛せないポール。ポールに愛されないことを自覚しているディビッド。この三世代はいろいろな意味の「殺し」を軸に繋がりながらも、最後に悪魔からの離脱、さらには「許しと希望」に向かう。

このプロット、3人の絡み方はBlack Lives Matterのデモの映像の中で、3人の黒人が語る以下のこの映像を彷彿とさせるのではないかと思っている。

怒り、諦念、次世代への希望。過ちを引き継がないようにする意思。そして悪魔からの離脱。これらを世代間でかたることで、ブラックアメリカンの置かれている状態をしっかりと伝えてくれるこの映像。

"今のままでのやり方じゃ駄目だ。なにもかわらない。だから新しいやり方を考えるんだ。若いお前らが"

これこそが、いまのアメリカの混沌を救う最後の術なのではないか? 全員が必死にやってきたからこそ、建国以来の混沌を救う「許し」があるのではないか? Da 5 bloodsの最終局面でポール、デイビッドの親子は苦しみながらそういった"イメージ"にたどり着く。

ラストの金塊の行方など、黒人、白人、アジア人、いやアメリカ内外関係なく、この"父の子に対する"、"子の父に対する"「許し」が希望なんじゃないかというシーンの羅列。"目には目を"を続けると全員目が見えなくなるぜ、というループから抜け出すための強い意思のラスト30分だと思えました。

個人的には、Da 5Bloodsはアメリカの混沌と希望を端的に表す傑作だと思う。この混沌は、地獄の黙示録の延長にある神話的な混沌なんだけど、そこにスパイク・リーが叫び続けてきた40エーカーとラバ一頭の問題も詰め込む。

「ランボー」のような小学生にも理解できるアプローチで、黒人の歴史も含めた「地獄の黙示録」以上のアメリカの混沌を、いつものスパイク・リー節でかたる「Da 5 Bloods」。

「地獄の黙示録」も「ランボー」も「ドゥ・ザ・ライト・シング」も超えていく映画になるんじゃないかなと思ったしだい。

スパイク・リーの映像的演出ももちろん健在

映画の意味的な部分もふくめて相当傑作なんですが、演出としてのスパイク・リーのかっこよさはガッツリ健在です。

この特徴的なスライド撮影は今回も登場します。

ほかにも回想、現在、ベトナム現地などので画面サイズが変わる演出も効果的だし、なんせ回想シーンで若くして死んだノーマン以外は、現在のおじいちゃんの姿で出てくるのが妙に説得力があって、引き込まれる。

たんに予算がなくてCGでの若返り処理ができなかったというオチのようなのですが、この回想シーンでも現在の自分の姿が変わっていない、という演出は夢のつづき、自分の記憶にたよった現実的な回想をおもわせる効果があってすごく説得力があった。

絵作りでもスパイク・リーの総決算になっていると思うのだが。。。次、どうするんだろう?次、何撮るんだろう?そのへんが早速楽しみになってます。

簡単なメモにするつもりがながくなったので、、終わりです。

Photo by Le Tuan Anh on Unsplash

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