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[直接取材]昭和バスはなぜ値上げに踏み切るのか

2020年7月22日九州大学の学生にとって衝撃的なニュースがTwitterを中心とするSNS上に流れた。

「昭和バス九州大学線の運賃変更」その知らせは瞬く間に九大生を中心に広がり、一時はTwitterの福岡におけるトレンドにものる勢いであった。

様々な噂や憶測が飛び交う昭和バスの九州大学線。今回の昭和バスへの直接インタビューを通じ値上げの理由や背景を詳しく解説していく。

※今回の直接インタビューは学生団体 Mobility Laboratory / モビラボ が実施したもので、昭和自動車(株)乗合事業部  ご担当者様におかれましては、突然の取材の申し込みであったのにも関わらず快諾して下さいました。この場を借りて御礼申し上げます。本インタビューは、2020年7月30日 昭和自動車株式会社 伊都営業所にて同社から3名、九州大学 総務部 地域連携課から職員2名、当団体から2名、計7名で行われました。なお本記事は昭和バスの広報活動ではなく、当団体への金銭授受はないこと、またモビリティ活動をする団体として中立的な立場で本記事を発信していくことをここに記します。


01 何が変わったのか

2020年10月1日付で九大学研都市駅-九州大学伊都キャンパス間の九州大学線の運賃が250円から300円へ変更される。

同時に回数券の変更も行われ、一枚あたり208円から250円への変更となる。

10月以降も変更前の回数券は利用できるものの、差額分(50円)の支払いが求められる。

手数料なしでの回数券の払い戻し期間が10月1日から30日までの1ヶ月間であるため、昭和バスを使う予定のない学生は忘れずにこの期間中に払い戻しをしておきたい。

伊都・キャンパス回数券は一枚あたり516円から548円への変更となるが、こちらは旧金額で購入したものでも有効期限内であれば、追加料金なしで10月以降も利用することができる。

また、通常の通勤定期券および通学定期券は3ヶ月のものであると5,000円以上の変更となる。

一方で、昭和バスが2019年から導入を始めたスマートフォンを用いたWeb通学定期券は3ヶ月26,000円と以前の同定期券と比べほとんど変わっておらず、据え置きという形が取られた。

この理由を昭和バスの担当者(以下、担当者)は、バスを利用して通学する学生への配慮としている。

ただ、九州大学の後期授業日程及び授業形態は現段階では発表されていない。全ての授業が対面形式に戻ればWeb通学定期券を利用する学生の負担は以前と変わらないが、仮に対面とオンラインのハイブリット型授業になれば、定期券と通常運賃とで天秤にかける必要がある。

単純計算で3ヶ月定期券を利用した場合87回(1日往復でバスを利用する場合は44日)以上乗る機会があれば通常運賃よりも定期券の方がお得である。


02 300円でも昔より安い!?

今回の改定以前にも昭和バスの九州大学線はそもそも高いという声があった。事実、直近10年で昭和バスの運賃は値上がりしてきた過去があり、学生からの不満は溜まる一方であろう。

では、300円という値段設定は本当に高いものであろうか。

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九州大学伊都キャンパス移転に伴い九州大学線が運行を開始した2005年10月から2009年3月までの約3年半の間の運賃は上限運賃(後述)の330円であった。

2009年、全学教育が六本松キャンパスから伊都キャンパスへ移転したことにより、利用者増加の見込みから関係機関の要望もあり200円への値下げを行う。

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これに加え、大学の助成金が始まったことから学生のみ、回数券の利用で100円でバスを利用できるようになった。

大学による助成金は縮小をしつつも2009年4月から2019年3月までの約10年間バス通学生のために給付が行われた。

この助成金の目的は伊都キャンパスへの移転完了までの移行期間で複数のキャンパスを利用しなければならない学生を支援するためのものであり、完了時には廃止することが決定されていた。

1回目の改定は約5年後の2014年4月に行われた。これは消費税が5%から8%に引き上がったことが理由であり、運賃は210円に改定された。

2回目は翌年の2015年7月に行われた。これにより現行の250円へ変更される。

この年から1回目の大学側からのバス通学者への助成金縮小、2017年には2回目の助成金の縮小、そして2018年には九州大学の伊都キャンパスへの完全移転が完了したことに伴い、大学側の助成金はこれを最後に途絶えることになった。

2019年には消費税が8%から10%に引き上がったものの、この時点では運賃の変更はなかった。

そして2020年10月、300円へ運賃が変更される予定である。

運賃が高いか安いか、適正価格なのかということに関しては様々な議論がなされる。第一に上限運賃制度という制度が存在する。

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上限運賃制度とはバス会社が運賃の上限を設け、国に認可された場合その上限まで間で柔軟に運賃の設定ができるというものだ。

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昭和バスが定める上限運賃は国から認められているものであり、昭和バスは国に認められた上限運賃内で運行していることを前提におかなければならない。

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上限運賃で運行して初めて適正な採算が取れるものであり、上限運賃よりも大幅に安い300円という運賃設定は高いというよりかはむしろ安いとさえ言える。


03 なぜ値上げに踏み切った?

昭和バスに限らず、全国の路線バス事業者が抱える問題の一つに運転手不足がある。2019年NHKの調査によると、全国で421路線(福岡市では12路線)の減便が判明しており、その理由の多くは人手不足によるものであった[1]。

なぜこれほどまでに人手が不足しているのか。

根本的な理由の一つにその過酷な職場環境にある。長時間の拘束、早朝や深夜の出勤を強いられる路線バスの運転手の負担は、想像を超えるものである。その一方で給与が割に合わない非情な現実だ。

バス会社側の売上もそれほど大きいものではなく、人件費や燃料費を差し引くと期待する利益はほとんど得ることができない。

人手の流出を食い止めるための給与の引き上げや、昨今の働き方改革の流れを汲み取ると会社側の人件費の負担は圧迫される。これに加え燃料費の高騰も大きな要因となっている。

昭和バスも九州大学線を本格的に始動するにあたり、「輸送力」を増強するための人手が必要であった。

初期は慢性的な運転手不足に悩まされていた。人手不足を補うために運転手を佐賀および唐津営業所から毎朝伊都に派遣し、佐賀県内の運転手の赴任用の宿舎まで設けたと担当者は話す。

このような莫大なコストを伴う企業努力の結果、昭和バスは2018年10月の伊都キャンパス完全移転時にやっとの思いで運転手を25名増強し、運行本数を5年前よりも100本多い265本に増やすことができた。

しかし、蓋を開けると原付や自転車を使う学生が多かった。利用者の増加の予想から、バスの車両や人材を増強し莫大なコストを払っていたのに対し、思うようにバスの利用者が増えなかったのである。

九州大学線はそれなりの収益路線なのではないかと考える者もいるかもしれないが、断じて「ドル箱路線」とは言えない状態である。

利用者の大部分が大学関係者という偏りから、ラッシュ時とそれ以外の時間帯での利用者の大きな差が生じることが九州大学線の特徴である。

朝は駅側に、夕方以降はキャンパス側に集中的にバス配置をしなければならない。 これにより多数の回送運行を設けなければならないのだ。また臨時便で待機する運転手も配置する必要がある。昭和バスは雨の日のような利用者が増える日以外でも常時、臨時便を用意しているのだ。

昭和バスの佐賀県内を走るバスのほとんどは補助路線と言われる国から補助を受けている路線であり、九州大学線は数ある路線の中でも国からの補助なしで運行できているわずかな路線の一つである。

人件費や燃料費の高騰、人材不足という観点からもギリギリの状態で昭和バスは九州大学線の維持に努めている。 

担当者は運賃が改定されるということは決して学生から利益を得ようとしているのではなく、九州大学線の維持のためであるとしている。学生からの厳しい意見は重々承知しているものの、路線の維持のためにも理解を求めた。

では、今回の運賃改定はいつ頃から検討されていたものなのだろうか。

改定の協議自体は昨年の2019年から始まっていたと担当者は説明する。また大学側も同年の夏の終わり頃から昭和バスから改定の説明を受けていたことを明かした。

新型コロナウイルスの影響に関わらず、2019年の段階でも九州大学線の経営は厳しいものであったようだ。

今回の値上げが新型コロナウイルスの影響を考慮したものではないとすると、このままの状況が続けばさらなる運賃の見直しが進む可能性も指摘される。

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新型コロナウイルス流行による緊急事態宣言発表時の2020年4月における九州大学線利用者数は通常時の20%に減少、また5月に至っては14%までに減少し、直近の4ヶ月(4月から7月)で利用者数は14万人減としている。7月の段階において利用者数は38%までに回復しているものの元の利用者状況に戻るまでには程遠い。

今後のさらなる運賃の値上がりの可能性について、担当者は安直な運賃改定は考えていないと答えた。


04 今後

昭和バスの運賃値上げが決まった今、なるべく負担なく通学するためにはどうすれば良いのか。

一つは大学の助成金の復活である。しかし大学側は再びバス通学生へ助成金を用意することは莫大な費用がかかることからも現段階では考えていないとしている。

二つ目はWeb通学定期券の利用である。3ヶ月の同定期券の価格はほとんど据え置きであり、学生への負担は現行のものとほとんど変わらない。

定期券を利用するバス通学生にとっては嬉しい知らせである一方で、毎回通常運賃を支払う学生にとっては複雑なものである。

九州大学の後期以降の授業形式が未発表であり、先行きが不透明である今、定期券自体にそれほど価値がないことも事実である。

オンライン授業がメインで開催される現在多くの学生が定期券ではなく通常運賃を利用している。この昭和バスの学生に対する配慮が図らずもズレつつあるのが現状だ。

三つ目は他の路線バス会社の参入である。すでに伊都キャンパス周辺では昭和バスだけではなく、天神などの福岡市中心部と大学を直接つなぐ西鉄バスが存在している。

巷では昭和バスと西鉄バスとの間で協定があることが噂されているが、当時の状況に関して詳しいことは定かではないと担当者は語った。

四つ目は別の代替手段を考えることである。現在、九州大学周辺ではモビリティの実証実験としてAIバスのaimo、電動キックボードのmobby、Panasonicが実証実験として導入している電動バイクのglafitが存在している。新しいモビリティサービスの旋風は九大生の通学スタイルをより多様にするものであろう。


05 昭和バスの新たな取り組み

昭和バスのグループ会社である(株)SEED ホールディングスが事務局となり現在新たなMaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)の取り組みとして「Yokamachi Mirai Project」を立ち上げる予定である。

今年10月から筑前前原駅と九大学研都市駅にレンタサイクルを設け、来年3月から糸島南部におけるAIバス(デマンドバス)を運行する予定だ。また同月からもMaaSアプリ「my route」の運用を開始する予定であり、糸島の社会問題の解決、観光産業の底上げを目指す。


06 まとめ

九州大学線の300円への運賃改定は変わらないものであり、九大生の負担が以前よりも増えることは明白な事実である。しかし、無闇に批判や不満を募らせるのではなく、一歩引いて客観的な視点に立つことが現状を把握する近道となるだろう。

今まで不透明であった昭和バスの事情や背景が少しでも明らかになっただろうか。本記事が伊都キャンパス周辺のモビリティ関係の議論の題材となれば幸いである。

多くの九大生が昭和バスに関心を寄せる今こそが何が通学の最適解であるか考え直す大切な期間なのかもしれない。

(編集/取材:葦津稀一 取材:鉄島大貴)

参考

[1] ドル箱路線が次々と 都市の路線バスの減便の衝撃, クローズアップ現代, NHK, 2019年4月9日, 最終アクセス2020年8月5日, https://www.nhk.or.jp/gendai/articles/4267/index.html


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