量子マスター方程式 など B4輪講第6回
こんにちは。横浜国立大学 光と物質の量子論研究室(略称:光りろん研) B4の小幡(おばた)です。
今回の範囲には「量子マスター方程式」が入っています。名前が無駄にかっこいいですよね。
ちなみにポケモンの主人公、サトシが目指していたポケモンマスターの定義は「世界中全部のポケモンと友達になること」らしい。そんなよくわからんものを目指していたのか、サトシ…。
私たちは越野和樹さんの「共振器量子電磁力学」を使って輪講を行っています。前回、2章まで進んだので、今回は3,4章の内容を扱いました。今回は「どういう意味か?」「何が嬉しいのか?」を読者に伝えることを目標に記事を書いていきます!
3 共振器 QED系:孤立系としての性質
孤立系というのは、外部とエネルギーのやり取りが無い系のことです。
孤立系の対義語は開放系です(あとで出てきます)。
3.1 Jaynes-Cummings模型の固有状態
まずは、次のようなハミルトニアンを考えます(Jaynes-Cummings模型のハミルトニアン)。
$$
\hat{\mathcal{H}}_{\mathrm{JC}} = \omega_a \hat\sigma^\dagger\hat\sigma + \omega_c \hat a^\dagger \hat a + g(\hat\sigma^\dagger \hat a + \hat a^\dagger\hat\sigma )
$$
このハミルトニアンの光子数がnのときの固有状態と固有エネルギーを求めます。もう第6回にもなると、ハミルトニアンを見たら対角化して固有状態と固有エネルギーを求めずにはいられないですね。
光子数がnのときのブロック行列
$$
\mathcal{H}_{\mathrm{JC},n} = \begin{pmatrix}
n\omega_c & g\sqrt{n} \\
g\sqrt{n} & \omega_a +(n-1)\omega_c
\end{pmatrix}
$$
に注目します。ここで、
$$
\theta_n = \frac{1}{2} \arg \left( \frac{\omega_c - \omega_a}{2} + ig\sqrt{n} \right)
$$
を導入すると、固有状態は
$$
|n,+\rangle = \cos\theta_n |g,n\rangle + \sin\theta_n |e,n-1\rangle
$$
$$
|n,-\rangle = \sin\theta_n |g,n\rangle - \cos\theta_n |e,n-1\rangle
$$
固有エネルギーは
$$
E_{n,\pm} = \left( n - \frac{1}{2} \right) \omega_c + \frac{\omega_a}{2} \pm \sqrt{\left( \frac{\omega_c - \omega_a}{2} \right)^2 + g^2 n}
$$
と表すことができます。
3.2 真空 Rabi振動
固有状態と固有エネルギーがわかったら時間発展させるのも、今までに何度かありました。
上記のハミルトニアンをシュレディンガー描像で時間発展させると、原子の励起確率が振動することがわかります(真空ラビ振動)。
$$
|\psi(t)\rangle = C_{g,n}(t)|g,n\rangle + C_{e,n-1}(t)|e,n-1\rangle
$$
ここで$${C_{g,n}(t)}$$、$${C_{e,n-1}(t)}$$は
$$
\omega_n = \frac{\varepsilon_{n,+} - \varepsilon_{n,-}}{2} = \sqrt{\left(\frac{\omega_c - \omega_a}{2}\right)^2 + g^2 n}
$$
と置くと
$$
C_{g,n}(t) = -i\sin 2\theta_n\sin\omega_nt
$$
$$
C_{e,n-1}(t) = \cos\omega_nt + i\cos 2\theta_n\sin\omega_nt
$$
と書けます。
原子と共振器で励起状態をキャッチボールしているようです。
今回の輪講では、ラビ振動のグラフでは原子の励起確率の振動が0付近で振動しているのに対して、真空ラビ振動のグラフでは原子の励起確率の振動が1付近で振動しているのはなぜかについて議論しました。
$${\omega_a=\omega_c}$$のときに原子と共振器が完全に共鳴(同期)します。(面白い!)
$${|\omega_a-\omega_c|}$$がg(結合強度)に比べて大きくなると原子の励起確率の振動の振幅は小さくなり、周波数は大きくなります。(面白くない?)
3.3 分散結合領域
$${|\omega_a-\omega_c| \gg g}$$の条件では、原子の励起確率の振動の振幅は微小で、原子と共振器が独立に振る舞い、物理的に面白みが無いように思われます。でも、実はこんなに面白いことが起こっているんです!っていうのがこの章です。
$${|\omega_a-\omega_c| \gg g}$$の条件では、θが以下のように近似できるので、
$$
\theta_n \approx \frac{g\sqrt{n}}{\omega_c - \omega_a}
$$
固有状態は以下のように書けます
$$
|n, +\rangle \approx |g, n\rangle + \frac{g\sqrt{n}}{\omega_c - \omega_a} |e, n-1\rangle \\
|n, -\rangle \approx |e, n-1\rangle - \frac{g\sqrt{n}}{\omega_c - \omega_a} |g, n\rangle
$$
固有エネルギーは以下のように書けます
$$
\epsilon_{n,+} \approx n\omega_c + n\chi\\
\epsilon_{n,-} \approx \omega_a + (n - 1)\omega_c - n\chi
$$
以上から、原子と共振器の共鳴周波数がnに依存するようになります
$$
\epsilon_{g,n+1}- \epsilon_{g,n} = \omega_c + \chi\\
\epsilon_{e,n+1}-\epsilon_{e,n} = \omega_c - \chi
$$
で、結局何が面白かったの?というと共振器の共鳴周波数が原子状態に依存しているため、共振器を測定すれば原子の量子状態が非破壊的に分かっちゃうぞ!ということなんです。このような測定方法は分散読み出しと言われています。
3.4 回転波近似の影響: Bloch-Siegertシフト
実は最初に考えたJaynes-Cummings模型はRabiモデルを回転波近似したあとのハミルトニアンだったんです。今まで近似したモデルで考えて来たけど、ホントにその近似して良かったの?というのを考えるのがこの章ですね。Bloch-Siegertシフトを考慮すると、Rabiモデルにより近づけることができます。
しかし、gが大きいとBloch-Siegertシフトを考慮してもRabiモデルから離れてしまいます。つまり、超強結合領域(光りろん研のメインテーマである超放射相転移が起こる)ではBloch-Siegertシフトを考慮してもRabiモデルから離れてしまうことがわかります。
3.5 超強結合・深強結合
ここで、gは原子-共振器間の結合の強さを表しますが、その大きさによって結合は弱い順に弱結合、強結合、超強結合、深強結合と呼ばれます。深強結合とは、gが共鳴周波数よりも大きい結合です。その深強結合について考えてみよう!というのがこの章です。
$${g \gtrsim \omega_c\gg \omega_a}$$の関係があるとすると、Rabiハミルトニアン
$$
\hat{H}_R = \omega_a \hat\sigma^\dagger \hat\sigma + \omega_c \hat a^\dagger \hat a + g (\hat\sigma^\dagger+\hat\sigma)( \hat a^\dagger+\hat a)
$$
でgの項が支配的になるとわかります。だから$${(\hat\sigma^\dagger \hat a + \hat a^\dagger\hat\sigma )}$$を対角化し、固有状態や固有エネルギーを求めるんですね。
$$
|n,\pm\rangle = \frac{1}{\sqrt{2}}(|L\rangle \otimes \hat D(-\alpha) |n\rangle \pm |R\rangle \otimes \hat D(\alpha)|n\rangle)
$$
$$
\epsilon_{n,\pm} = n\omega_c \mp \frac{\omega_a}{2}I(n,\alpha)
$$
基底状態は
$$
|0, \pm\rangle = \frac{1}{\sqrt{2}} (|L\rangle \otimes |-\alpha\rangle \pm |R\rangle \otimes |\alpha\rangle)
$$
のように量子もつれ状態となることがわかりました。
4 量子開放系の理論(1): 量子マスター方程式
さあ、いよいよ名前がかっこいい方程式の登場です。まずは量子マスター方程式って何?となると思います。ズバリ、量子マスター方程式とは「密度行列に対するシュレーデインガー描像の運動方程式」です!運動方程式だといわれると一気に親近感が湧きますね。
この章は、3章の孤立系の対義語である開放系の話です。実際の実験では開放系を扱うので、これ以降の章は開放系の話ばかりです。
4.1 マスタ一方程式の導出
2準位原子と自由空間中の光子場との相互作用を表すハミルトニアンは
$$
\hat H = \omega_a \hat \sigma^\dagger \hat \sigma + \sum_j \omega_j \hat a_j^\dagger\hat a_j + \sum_j (\xi_j \hat \sigma^\dagger\hat a_j + \xi_j^* \hat a_j^\dagger\hat \sigma)
$$
全系の密度行列の運動方程式は
$$
\frac{d}{dt} \hat{R}(t) = -i[\hat{H_i}(t), \hat{R}(t)]
$$
$$
\hat H_i(t) = \hat\sigma^\dagger \times \sum_j \xi^*_j e^{i(\omega_a - \omega_j)t} \hat a_j + H.c.
$$
これにより以下の式が得られます。
$$
\frac{d}{dt}\hat R(t) = -i[\hat H_i(t), \hat R(0)] - \int_{0}^{t} dt' [\hat H_i(t), [\hat H_i(t'), \hat R(t')]
$$
これに4つの仮定をすると、
$$
\frac{d}{dt}\hat \rho(t) = - \int_{0}^{t} dt' \mathrm{Tr}_{e} \left[ [\hat{H}_i(t), [\hat{H}_i(t'), \hat \rho(t') \otimes \hat \rho_{e}] \right]
$$
が得られ、さらに計算を続けると、
$$
\frac{d}{dt}\hat \rho = \frac{\gamma}{2}\left(1 + {\bar n_{\omega_a}}\right)(2\hat \sigma\hat \rho\hat \sigma^{\dagger} - \hat \sigma^{\dagger}\hat \sigma\hat \rho - \hat \rho\hat \sigma^{\dagger}\hat \sigma) + \frac{\gamma}{2} \bar n_{\omega_a}(2\hat \sigma^{\dagger}\hat \rho\hat \sigma - \hat \sigma\hat \sigma^{\dagger}\hat \rho - \hat \rho\hat \sigma\hat \sigma^{\dagger})
$$
が得られます。これは相互作用描像の量子マスター方程式です。相互作用描像とシュレディンガー描像は
$$
\hat{\rho}_S(t) = e^{-i\hat{H}_St}\hat{\rho}_i(t)e^{i\hat{H}_St}
$$
により結ばれるので、これを用いるとシュレディンガー描像の量子マスター方程式が得られます
$$
\frac{d}{dt}\hat \rho = -i[\hat H_s,\hat \rho] + \frac{\gamma}{2}(1+\bar n_{\omega_a})(2\hat \sigma \hat \rho \hat \sigma^\dagger - \hat \sigma^\dagger \hat \sigma\hat \rho - \hat \rho \hat \sigma^\dagger \hat \sigma)
+\frac{\gamma}{2} \bar n_{\omega_a} \left( 2\hat \sigma^{\dagger}\hat \rho\hat \sigma - \hat \sigma\hat \sigma^{\dagger}\hat \rho - \hat \rho\hat \sigma\hat \sigma^{\dagger} \right)
$$
さっきも言いましたが、マスター方程式は、密度行列の運動方程式です。上の式を見ると、確かに密度行列の時間発展を記述していることがわかります。
4.2 原子-共振器系のマスタ一方程式
さっきの演算子をいい感じに変換すると、原子-共振器系のマスタ一方程式が得られます。
$$
\frac{d\hat \rho}{dt} = -i[\hat H_s,\hat \rho] + \frac{\kappa}{2}(2\hat a\hat \rho \hat a^\dagger - \hat a^\dagger \hat a \hat \rho - \hat \rho \hat a^\dagger \hat a)+
\frac{\gamma}{2} \left( 2\hat \sigma\hat \rho \hat \sigma^\dagger - \hat \sigma^\dagger \hat \sigma\hat \rho - \hat \rho \hat \sigma^\dagger \hat \sigma \right) - \gamma_{p}[\hat \sigma^\dagger\hat \sigma,[\hat \sigma^\dagger\hat \sigma,\hat \rho]]
$$
4.3 期待値の運動方程式
この章では、期待値の時間発展について考えます。
$$
\frac{d}{dt}\langle \hat O \rangle = -i \left\langle [\hat O,\hat H_s] \right\rangle +
\frac{\kappa}{2}\left\langle \hat a^{\dag} [\hat O,\hat a]+ [\hat a^{\dag},\hat O]\hat a\right\rangle +\frac{\gamma}{2}\left\langle \hat \sigma ^{\dag}[\hat O,\hat \sigma]+ [\hat \sigma^\dag ,\hat O]\hat \sigma \right\rangle +\gamma_{p}{\left< {\hat \sigma^{\dag}} {\hat \sigma [\hat O,\hat \sigma^{\dag}} {\hat \sigma}]+ [\hat \sigma^{\dag} {\hat \sigma},\hat O]{\hat \sigma^{\dag}} {\hat \sigma }\right>}
$$
これで今回の内容は以上です!いかがでしたか?この投稿では教科書の内容を振り返るという形式でしたが、実際の輪講ではシュレディンガー描像、ハイゼンベルグ描像、相互作用描像などを復習したりして、教科書の内容を補完しながら進めました。また、「2準位原子と自由空間中の光子場との相互作用を表すハミルトニアンから導出されたマスター方程式は原子-共振器系のマスタ一方程式を含むか」など議論も活発に行われました。
光と物質の量子論研究室では輪講に参加するメンバーを歓迎しています!共振器量子電磁力学などを勉強したい方、一緒に参加しませんか?
同大学の学生以外でも、また学生でなくても大歓迎です!またオンラインとオフラインのハイブリッド形式で行えるため遠隔地でも参加できます!
今回の投稿は以上です、最後までご覧いただきありがとうございます
次回は同じくB4同期の大竹くんが投稿してくれます、楽しみですね!