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聖地・ハリドワール 第2話

バイクに乗ったインドの少年

アシュラムを出発して、リシケシュ駅方面へとひたすら歩く。インドの太陽は容赦なく照りつけて、日差しが強いことを実感する。街特有の風景が途切れ始め、私が歩く道の先には開けた大地が広がるようになった。だいぶ歩いたので疲れたなと思いながら、ふと、反対側を見ると小さなお店が見える。とりあえず、水分補給をすることにした。

お店に入りサイダーを注文して、店の敷地内に置いてある椅子に腰掛ける。少しすると店主が、瓶に入ったサイダーとグラス、グラニュー糖とレモンのくし切りを2つ持って来てテーブルに並べた。このサイダーは私がインドで気に入って飲んでいた飲み物で、グラニュー糖とレモンをグラスに入れてから、サイダーで割って飲む。サイダーはいわゆる炭酸水で甘くないので、自分の好みの甘さに合わせられる。炭酸飲料の甘さがあまり好きではない私にとって嬉しい飲み物だった。

『さて、どうしたものか・・』
水分補給が終わって再び歩き出した私は、道の両脇は農地と木が生えているに過ぎない場所を目の前に、途方にくれていた。そのくせ、歩みは止めずに道に沿って歩き続ける。ここにきて、私は駅がどこにあるのか、よくわかっていなかった事に気が付く。『道沿いだと思っていたのだが、もしかして、通り過ぎたのだろうか』と思い始めた頃、1台のバイクが横に停まった。2人乗りしたインドの男の子が「どこに行くの?」と聞いてくる。リシケシュ駅だよ、と応えると、運転していた男の子は私が今歩いてきた方向を指差して、さらりと言った。

「反対方向だよ、僕らが乗っけて連れて行ってあげるよ」

インドでは、一つのバイクにたくさん人が乗っているのをよく見かけた。そして大抵の人がヘルメットを被っていない。私は学生の頃にバイク通学をしていたのだが、一度事故って電柱に頭を強打した経験を持っているので、ヘルメットはどんな時でも被った方が良いと思っている。学生時代に使っていたバイクは50ccのスクーターで、シートも一人用に作られていたのだが、インドのバイクは人がたくさん乗れるようにシートの面積が大きく作ってあるような気がする。ちなみに、私がインドでみた最高積載人数は、5人だった。

ところでこれはバイクに限ったことではなく、基本的にインドの人たちは「定員数」にこだわらない。以前働いていた日本のレストランに、インド人の団体が8人で食事をしに来たことがあった。そのレストランは会計場所から駐車場が見える造りになっており、軽自動車1台に全員で乗り込んで帰って行ったのを私は目撃していた。車内がどのようになっていたのかは、未だに謎のままである。

一人乗りのバイクにすでに2人で乗っているというのに、さらにもう一人乗せよう、というこの太っ腹さ。どこに乗るんだろう、という思いと、インドあるあるで、ぼったくりみやげ屋に連れていかれては大変だという気持ちもあって、私はとっさに断り、再び歩き出す。しかし、彼らはバイクを低速で運転しながら、ずっと付いてきて、しきりにバイクに乗れという。そして、駅は一向に見えてこない。

日は高くなり、何もない風景は続く上に、彼らがいつまでもついてくるので、私は思い切って、バイクの少年に駅に連れて行ってくれるようにお願いしてみた。どこかに連れ込まれても、今日はパスポートもお金も持ってきていない。きっとなんとかなるだろう、というのが決断の理由だった。すると、その2人は彼らの間に乗れ、という。私をサンドイッチ状態でバイクに乗せて走るつもりのようだ。

初めてのバイク3人乗り、しかもヘルメットはない。にもかかわらずかなりの高速で走り、スリル抜群である。颯爽と走り抜けるバイクが作り出す風は心地よく、インドの太陽を浴びながら歩き続けて汗だくだったことが嘘のように爽快さを取り戻す。

バイクは私が歩いてきた道を戻って、街中にある角で左折してさらに走る。そしてリシケシュ駅に着くと、彼らは私を駅構内に案内して切符を手配し、電車が出発するまで一緒にいてくれた。私は途中からお金を要求されるかなぁと思っていたのだが、そんな事は一切なく、私の席の近くに人に何かを話した後、電車が走り始めると同時に笑顔で降りて行ってしまった。

私は席を立って電車のドアから身を乗り出し、彼らに大きい声でありがとう、と言いながら手を振る。ホームで手を振りながら小さくなっていく彼らを見ながら、後悔にも似た気持ちが押し寄せた。あの2人は本当に善意で私を案内してくれたのに、私は疑心暗鬼から最後まで彼らを疑ってかかっていた。せめて何か飲み物でも買って渡すべきだった、という後悔の気持ちでいっぱいだった。

電車が次の駅に到着した時、私は初めて気がついた。日本のような車内放送は一切ない。そして、あの少年達が、ハリドワールに着いたら教えるように私の席の周りのインド人に伝えてくれていた、ということを知ったのは、私がリシケシュ駅から2つ目の駅で降りようとした時だった。

アシュラムの青年医師によると、ハリドワールはリシケシュから2つ目の駅と聞いていた。ところが各駅停車の電車では、小さな駅にも電車が停車するため、更に先の駅にあたるらしい。周りのインド人達が、ここではない、まだ座っていなさいと言っているようなので、そのまま座り続ける。

電車は再び、ゆっくりと走り始める。線路沿いに見えるさまざまな景色の中で人々は生活をしていた。電車はインドの暑い日差しを浴びて走るので、ドアも窓も開け放されたままでの運行だ。あのインドの少年たちに助けてもらわなければ、きっとハリドワールに辿り着くことはなかったかもしれない。いや、リシケシュ駅にすらたどり着かなかっただろう。私は、窓の外に広がる景色を眺めながら、インドの少年2人組に感謝して、この旅を楽しむことにしたのだった。


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