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聖地・ハリドワール 第1話

プロローグ:初めての一人旅

リシケシュでの生活も半月を過ぎ、私は日本にいた時と変わらないくらい元気になった。ご飯も毎食残さずに全部食べられるようになっていたし、時々はおかわりもするほどの健康体に戻っている。ある朝、私は朝食をとりながら、今日はどこかへ一人ででかけてみようかな、などとぼんやりと考えていた。

きっかけは、数日前にさかのぼる。夕食を食べた後に部屋に戻った私に、空ちゃんが突然「ダラムサラに行きたい」と発言したことが事の発端だった。ニケタンでの生活も半月を過ぎて、受付の時に1ヶ月後どうするか、という話の続きを、彼女はすでに決めているという。

空ちゃんは、ダラムサラに行ってダライ・ラマの説法が聞きたい、という希望があり、その後またリシケシュのアシュラムに戻ってきて数週間を過ごした後に帰国したい、と話す。もちろん異論はなかったので、私たちは半月後ダラムサラへ出発する、ということを決めたのだった。

しかし。私は心のどこかで、言いようのない不安を感じていた。それはどこか焦燥感に似た気持ちと近い。今後の一人旅のことを考えると、このまま空ちゃんの立てた予定に付いていくだけでは、いけないような気がした。せめて一人でどこかへ出かけて帰ってくる、と言ったミッションくらいはできるようになりたい。

私はその夜、ベットに横になるとしばらく眠れずに天井を仰いで時間をつぶした。空ちゃんが日本に帰った後のことやその後の一人旅のことを考えると、そろそろ一人で行動することに慣れておかなければならない時期なのかもしれない、と考えながら眠りに落ちたのだった。

朝食を食べながら、ちょっとした遠出に最適な場所はないかなぁ、と相談を持ちかける。すると、日本人滞在者の中で医者をしている青年が、ここからなら遠出に良い場所があるよ、と名案を出してくれた。

彼によれば、ここから数駅分のところに、インドの3大神で破壊を司るシヴァ神を祀っているところがあるという。ハリドワールという地域で、シヴァ神の大きな像があり、参拝する地として有名らしい。そして、この地はリシケシュから日帰り旅行にピッタリの距離なのだという。こうして、急遽私の「ハリドワール」行きが決まった。その当時、シヴァ神が私の一番のお気に入りのインドの神様だったことも、決めた理由の一つだった。しかしその理由は、決して宗教的なものではない。

ヨガニケタンのヨガの先生は当時4人ほどいて、ローテーションを組んでそれぞれが交代してレッスンをおこなうスタイルで授業は構成されていた。その中で私のお気に入りだったヨガの先生の顔が、シヴァ神に似ていたから、というかなり不純な動機だった。そのため、シヴァ神の悪行など露も知らず、ただ盲目的にこの旅行を決行したのだった。私がインドの神様や叙事詩について調べ、シヴァ神が破壊神としてふさわしく、まさに悪行の限りをしつくす悪鬼のような存在だと知るのは、その後日本に帰ってからである。

ハリドワールはリシケシュからおよそ25km南下した地域にある。ハリが「神の」、ドワールが「門」という意味を持ち、「神の門」と呼ばれるその地域は、神様の元を訪れる聖地として知られる。ヒンドゥー教徒であれば、バラナシと並んで巡礼の7大聖地として人気の参拝地域だ。

軽く支度を済ませると、必要最低限の荷物を持って出かける。リシケシュ駅に行くのも初めてだった。私はこの急遽決めた一人遠足をなるべく身軽に過ごそうと決めた。地図のついたガイドブックはあまりにも重過ぎる。私は地図を荷物には加えずに机の上に置くと、小さなカバンをぶら下げて出かけることにした。理由は、この日の遠足がリシケシュ駅からハリドワール駅の往復移動のみだったから、地図がなくても大丈夫だろう、と踏んだのだった。

入り口では、私が一人で出かけるということを聞きつけた日本人滞在者が見送りにきてくれた。大袈裟だなぁ、なんて思っていたら、みんなが真剣に心配してくれた、ということを後々知ることになる。それほどまでに、周りに私はうっかり者として映っていたらしい。

特にハリドワールのことを話してくれた青年医師は、帰りにオート力車を使う場合の相場や、知らない人について行かない旨などを私が門を出るまでしばらく真面目な顔でこんこんと話し続けていた。こうして、またもや周りに心配されながら、インドで初めての一人旅がスタートしたのだった。


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