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インド旅行・いざ、リシケシュへ

宿を出てしばらく道を歩くと、大きな通りに出た。大通りと言っても例によって舗装されておらず、乾燥した広い場所で牛や人、車に力車が無秩序に入り乱れていると言った方がしっくりくる。一体この国の交通ルールとはどう言ったものなのか、ほとほと知りたいと思いながらその道を眺めていた。

右側通行なのか、左側通行なのかもわからない状態で、車や力車が好き勝手に走っている。その流れの中を人が横断していたり、牛や犬が気ままに通過したりしている。どう考えても、交通事故が起こらない訳がない。先導するように、ずっと黙って私たちの前を歩いていた道案内の男の一人が、こちらを振り向くと一言だけこう言った。

「今からこの道を渡って反対側へ行く」

インドでの出来事は、どんな時も私たちの期待をはるかに上回る。「まさか」と思うような事しか起こらない。否、インドでは私の「まさか」は、当然の「常識」なのだろう。

絶句している私達をよそに、案内の男達は右手を車の方に差し出してその道を渡り出す。「う・・嘘だろ!」と思いながらも、私はバックパックのショルダーストラップを掴んで覚悟を決めると、無我夢中で男の後を追って道路に入り込んだ。力車や車のクラクションがあちこちで響き渡る。

私はその時、インドの道をモーゼのように進んでいく男の後ろ姿しか見ていなかった。右を見ようと、左を見ようと、どちらから何がやってくるのかなど知る由もない。モーゼが前にいるのであれば、むしろ周りは見ない方がいい。まるでスローモンションが流れるようなその映像は、力車やクラクションの音と一緒に私の脳裏に強烈に焼きついた。たった10メートルほどの幅の道を横切る時間を、私はとても長い時間のように感じていた。

体感時間とは主観的なもので、あの瞬間はものすごく長く感じたが、おそらく実際の時間は10秒も切っていただろう。通りを渡りきった先には広場があり、バスが何台も停まっている。モーゼは並んでいるバスの一つの前まで来ると、ようやく振り返って私たちの生存を確認した。

『・・・道路を渡りきった時に、私たちが付いて来ているか確認しなかったのは、何故なんだ・・』
モーゼはそんな私の気持ちは意図せず、無言のまま顎を動かしてでこのバスに乗れと合図する。

バスに乗り込むと後ろから2列手前の席を指差して、私たちをその席に座らせると、そのまま踵を返して挨拶もせずに帰って行った。乗客がほぼいないバスの中で、私たちは荷物を抱えて2人でその2人席に律儀に座り続けた。

バスの中は電球が切れているのか薄暗い。席の座席は直角でリクライニング機能が見当たらなかった為に諦めたため、私たちはそのまま直角の姿勢で席に座り続ける事になった。さらに目を凝らしてよく見ると、バスの窓が所々割れている。

私はだんだん、この状況が可笑しく思えてきた。それは空ちゃんも同じだったようで、私たちは意味もなく笑い続けた。人はどうして自分の想像以上の事が起こると笑いたくなるのだろう。精神を安定させる役割でもあるのだろうか。

しばらくすると体の大きな白人の男性が、インド人の男の子に先導されながら入って来た。その白人男性は、私たちの目の前で男の子にチップを渡すと、一番後ろの5人がけに荷物と一緒に腰を下ろした。彼は荷物からストールを取り出し、自分の体に巻きつける。

昨夜は気がつかなかったが、4月初旬のデリーの夜は冷える。割れた窓からバスに入り込んでくる風は、私から容赦無く体温を奪っていく。私が体を温めようと荷物を抱えながら体をさすった時、その白人男性が、「寒いの?」と声をかけてきた。

「上着はないのか?」という質問に、「ない」と答えると彼は呆れた顔をして「CRAZYだ」と言い放ち、座席に横になるとそのまま寝てしまった。私にとってインドは灼熱の国といった認識がどこかであって、長袖などいらないだろうという間違った思いがあった。その為、私は日焼け予防に上着を羽織っている状態に留まっていた。そして、昼間のデリーが暑かったこともあり、夜間がこんなに冷え込むなど夢にも思っていなかったのだった。路上で寝ていた人は大丈夫だったのだろうか。私は、昨日見た道路で眠っていた人たちを思い出していた。




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