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聖地・ハリドワール 第4話

リシケシュへの帰路

「・・・え?・・ここどこだろう・・・」
駅に向かって歩いていたつもりが、どうも反対方向へ進んでいたようで、だだっ広い野球場のようなところを目の前にして私は途方に暮れた。時計をみると、帰りの電車の時間が迫っている。今から寺院に戻って駅を目指すというような時間は残されていない。そして、駅に辿り着くほどの方向感覚もない。

どうしようか、と前方を見ると、少し離れたところにオート力車が1台停まっているのが見えた。そういえば、ニケタンの青年医師からもらった情報では、ハリドワールからリシケシュなら、オート力車で15ルピーくらいが相場だと聞いていた。オート力車は、ニケタンの友達とちょっと離れたところへ出かける時に使っていた。しかし、いつも他の誰かが交渉してくれていたため、私は1人で乗ったことも、値段交渉したこともなかった。

オート力車に近づくと、いかにもインド人という若い男が、ボディランゲージで「乗るか?」と首を横に振って合図をしてくる。

インドのボディランゲージは、日本と真逆だから面白い。私たちがNoという意味の首を横にふる動作は、インドではYesにあたるらしく、うっかり日本式に首を縦に振りながら「Yes」と言おうものなら、不思議そうな目でみられてしまう。

以前一緒に働いていたインド人にご飯を作ってもらった際に、「美味しい?」と質問されて、「美味しいよ!」と頷きながら言ったら、一瞬固まって激しく混乱していた。私のボディランゲージと、『美味しい』という言葉が相反する意味を持っていたからだ、と教えてくれた。私たち日本人なら、「美味しい!」と肯定的なことを言いながら、首を横にふる動作をして否定の意味を表しているようなものだろうか・・・

ニケタンの青年医師は鈍臭い私をよほど心配してくれたのか、出かける前に
「力車を使うなら、『お金はこれしかない』って見せて交渉するんだよ。そうしたら、なんとかなるから」
とアドバイスをしてくれていた。

本来はオート力車ではなく、電車で帰るつもりだったので、このアドバイスが役に立つなどとは思ってもいなかった。アドバイスしてくれたことに、ただ感謝して聞いていただけだった。オート力車のドライバーにリシケシュに行きたいと伝えると「50ルピー」という返事が返ってきた。

「50ルピー・・・」想像以上の金額を提示されてびっくりしてしまった。電車の値段は、5ルピー程だった。そして、私の財布に残されたお金は20ルピーを切っていた。そこで、15ルピーではどうだろうか、と提案する。するとドライバーは、鋭い目で私を睨み返した。

『あぁ・・もしかして、私やっちゃったかな・・』

彼が、デリーの靴屋の親父を思い出させるよう表情をしたため、私は一瞬言いようのない不安に飲まれる。そこで、私は財布からお金を全部取り出して、「実は、これしかお金が無いんだ・・・」と15ルピーを取り出して見せた。

実際、それが私の持ち合わせるお金全てだった。暑い日差しの中、私とドライバーの間に冷たい沈黙が流れる。『もし断られても仕方がない、その時は、駅に戻って電車で帰ろう。それに、青年医師から力車で15ルピーだと聞いている。相場は間違っていないはず』そう思って私は、身じろぎせずにドライバーを見返す。

私はこの時、まさか自分がインド人からぼったくりをしようとしているなどとは、夢にも思っていなかったのであった。


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