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『薬屋のひとりごと』感想

 書籍版、現在最新刊の11巻まで読みました。
 薬屋の猫々が後宮の下女として売られたあと、後宮の管理を担当している壬氏に気に入られ、宮中に渦巻く陰謀や事件を薬学知識をもとに解決していくお話。

 私がとくに面白いと思ったのは主人公の設定で、卑賤の出身の女性がなぜ薬学に秀でているのかという部分がふるっているなと感じました。
 たとえばこれが異世界転生ものの小説だったら「異世界で薬剤師をしていた」といったようなことを利用して、「市井の女に特別な知識がある」という部分をクリアするのかなと思うんですけど、本作では「育ての父親がかつて西方の国に留学し、そちらの医学・薬学を修めた元後宮医官で、薬学知識を娘に与えた」という設定になっているんですよね。それだけの知識がありながら何故貧乏暮らしなのかという部分も含めて、状況設定が面白かったです。

 私は西洋医術が定着するまでの苦闘の歴史についてはさほど詳しくありませんが、たとえば解剖の現場は女人禁制みたいなことは聞いたことがあったので、おやじどのが猫々に薬の知識は教えても医術に関しては教えなかったという部分にも感じ入るものがありました。

 知識があればあるだけ幸せで豊かな人生が送れるかというと、そうとも言い切れないんですよね。ただ一方で、おやじどのが猫々に薬については知識をつけさせたのも、本人の素養や希望があったにせよ、猫々が将来自立して生きるための術を身につけさせようとしたのかもしれないと思いました。

 とくに作品中、彼らの生活する国が女性にとって生きにくい社会であるというのは再三に渡り描かれていて、女性は結婚相手も選べない、職業も選べない、知識を得るチャンスもないというないない尽くしで「うへえ」となりそうなのですが、登場する女性たちが概ね強かなこともあってけして悲観的な作品ではないのも、本作の物語性のなせる業だと思います。

 ぱっとあらすじだけ聞くと、主人公の女の子が後宮でイケメンと出会って、それが実は皇子様でロマンスが生まれ……みたいなベタな話なのかと思いきや、実際に読んでみると印象は全然違うんですよね。
 まあ確かに絶世の美青年の貴人とロマンスが生まれたり生まれなかったりは、するといえばするんですけど、それも一筋縄ではいかないというか。

 まず壬氏の人間性からして、ヒーロー役のわりには性格が地味なんですよね。設定だけはザ・少女漫画のヒーローっぽいのに、全然王子様していないというかもー仕事も政治も大変だし好きな女の子はつれないしみたいな、ちょっと冴えない感じなんです。でも、すごく実直だと思います。最初の頃はミステリアスな部分もありましたが、自分にできることをひとつひとつ真面目にこなしていこうとするのが本質の人物なんだろうなと感じられるようになりました。
 権力中枢に近いところにいるにも関わらず、それをふりかざして権力パワーでなんとかしようみたいなところが少なくて、だからといってそれを放棄しているわけでもなく、自分の置き所をすごく真面目に探している人だという風に感じます。猫々にとっては立場の違いもあって望ましい相手じゃなかったのに本当に地道に距離が縮まっている感じも好きです。
 猫々に対しても無理矢理囲い込んだり、変に権力にものを言わせてなんとかしようとしないところも好きです。逆に猫々のほうが焦れて焚きつけちゃったことまであって、あのときは笑っちゃいましたが。

 猫々と壬氏のことに限らず、一筋縄じゃいかない、本作でしか読めないと思わせてくれる関係性がとても面白いです。今後のお話も楽しみです。

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