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『同志少女よ、敵を撃て』感想

逢坂冬馬著『同志少女よ、敵を撃て』読みました!

とても面白かったです。WW2のソ連軍に所属してドイツ軍と戦う女性狙撃兵の話。架空の人物と実在の人物が入り交じって展開される構成と圧巻のヒューマンドラマ。

人間は結局社会的な生き物だから、生まれた時代や状況に適応していくしかないし、それに失敗すれば淘汰されていくのかもしれない。
兵士たちの弱者に対する暴行は、対女性に限らずいかなる状況でも許されざる蛮行であると感情としては思うけれど、もし私自身が所属するコミュニティでそうした蛮行に追従することこそが仲間の証だとされたとき抗えるか、抗ったとして生き残れるのか。

作者の逢坂先生は本作をなるべくたくさんの人に読んで欲しいという意図で、敢えて読みやすく、重い内容に反してなるべく軽い読み口になるようにということを意識して書かれたそうです。その意図は大成功しているといってよく、最近のライトノベルと遜色ないくらいの読み口の軽さに驚きを隠せません。
戦争の話か……難しそう……と敬遠する層、そして女性にも届けたいのが本作だったのだろうなということを感じます。 セラフィマの故郷がドイツ軍に襲われ、村人が皆殺しにされて、生き残ったセラフィマが復讐を誓う始まりなんてまるでRPGの冒頭の筋書きみたいだし、そこで出会った凄腕の女性狙撃兵によって複数人の女性たちと訓練校に入れられ、戦場で一流の狙撃兵に成長していく流れも少年漫画みたいな話ではあるのですが、そのガワの一方で中身には生々しく善悪を失った戦場の物語が詰まっているのを感じました。またキャラクター小説といっても通用するくらい、登場人物のキャラクター性というか内面にある愛嬌や感情の動き、冷徹さまでを見事に描写していて、むかつくかと思いきや次の場面では感心してしまうようなところもある人間の多面性を豊かに表現していると感じました。本当にすごかった。

狙撃兵としての高みに達したときに何があるのかを問うたときに得られる虚脱感。
戦後狙撃兵はどう生きるべきかの答えは、陳腐なようでいて、本当はなにげない毎日の生活のなかに尊ぶべきものがあるんじゃないかということを感じさせてくれました。

ミハイルが再登場したとき、彼が生きていたことを喜んだ一方で、変わり果てたセラフィマと彼との関係値が決着を見るときあまりにもありふれた話で泣けてしまいました。戦場の兵士の話だけじゃなく、男性だけの話じゃなく、周囲に要請される自分にならなくては、そこに参加しなくては生きられない現実。
セラフィマにとってそれは悲劇だったと思うけれど、「敵を撃て」という表題とともに、本書は私たちにそんな現実をこそ打破しろと言ってくれているような気がして、心に楔のように打ち込まれた作品でした。


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