日記:日常の邪悪とフランスパン

 「頭いてえ~~」となったときは我慢するよりノーシンをキメてさっさと寝るほうが早いということに気づいた。頭痛がするとき、頭痛持ちの父親のしかめっ面がなぜか脳裏に浮かぶ。青白い顔をした父親が襖をあけてのしのしと頭の後ろのほうを歩き回っていて、それによって頭痛が引き起こされているような妄想をする。小学校一年生のときに担任の先生が「天邪鬼」という言葉を教えてくれたときになぜか真っ先に思い浮かんだのは自分の父親の顔であった。別に頭痛と関係ないが。

 マグカップが割れ、電子辞書は壊れ、ヘッドフォンも様子がおかしい。

 講義中、なんだかよく分からないうちに血気盛んな若者たちのスーパーブチ切れタイムがはじまっていて、なんだかよく分からないけど大講堂の空気がぐっと薄くなってなんだか関係ないのに体が強張るような時間になった。よく分からんけど喧嘩(?)らしい。喧嘩はお日様のあたるところで、タイマンでやるべきだと思う。地元の先輩もたぶんそう言う。

 世界は闘いに満ちていて、あまりに悲しい(?)ことが続くので、無性にフランスパンが食べたくなった。フランスパンはその名が冠す国の歴史を体現するかの如く闘争とその果ての自由を体現している。のではないかと私は思う。ひっつかんで振り回したらそのまま武器になりそうだ。フランスパンを食べるときはありとあらゆる懸念事項をいったん排除し、満腔の力を顎にこめて咀嚼しなければならない。悲しいときはどでかいフランスパンを買うのがいいと思う。おいしいし、いい匂いだし、戦えるので。私はフランスパンを買うべく布団から這い出て街へと繰り出すことにした。

 やたら言い方のキツい人のことを、私の友人は「邪悪」と呼ぶ。
 なにか新しいタイプの「邪悪」に出会ったらしく、「邪悪ばばあ祓うぞ」とかなり怒り心頭の様子だった。

 私たちはいろいろな事象を「邪悪」と呼び、しかし「邪悪」たちを殴り飛ばす元気はなく、ぶつぶつ文句をたれながら最寄り駅のパン屋でホカホカのフランスパンを買って帰って食って眠る。今後いかなる「邪悪」に出会っても、そうしてフランスパンを食べられればけっこう上出来なんじゃないかとも思う。

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