赤ちゃんが赤ちゃんを終えるとき
2歳の女児と過ごしている母であります。
最近彼女のイヤイヤがすごい。これがイヤイヤ期というものか。3歳ごろから始まるのかと思っていたけど、できることが増え始めてからゆるりと始まったイヤイヤは結構しんどい。
服を着替えないとか風呂に入らないとかはまだ分かる。
枝豆を自分で食べたい、さやから出せない(泣く)良かれと思って実を皿に出せば勝手に出すな!(泣く)お豆美味しい(少し笑い泣く)もっと皿に豆を出せ(泣く)
↑今日のお昼にあった事例ですン
というかまあ服の柄が嫌だとか、自分がアレしたいのに勝手にすんなとか、理由がなんとなく分かるのは対処もできたり謝罪もするんだけどとにかくわーっと泣くし頭から床にダイブするし、全身で嫌を表現する。
なんかすごい。
そこまで全身全霊で自分の意見を爆発させるなんて、大人になってからできないもんな
親のエゴで揃えた服なんぞ目もくれぬ。親のために(言い方悪いけど、着せ替え人形)服を買うだなんて1年と少ししか無かったわけだ。と、少ししょぼくれている。
2歳の娘はほとんどの施設や移動手段にお金がかからない。
赤ちゃんにも需要がある施設(おもちゃ王国とか)は除いて、大体3歳から子供料金が発生する。
つまり3歳からはもう赤ちゃんでないってことですわな。
最近ふと思うこと。これだけ自分の意思を伝えようとしていたり、保育園で社会生活を身につけていたりする我が2歳児ってなんなんでしょうね。
少なくとも赤ちゃんじゃないわけで。
ちょっと調べてみたら「赤ちゃん(赤ん坊の親しみをこめた言い方)」は主に1歳までをいうらしいです。乳児健診とか、乳児対象は1歳程度。しかし乳やってたら乳児なのか(1歳11ヶ月に断乳した当方。知人に3歳まで授乳していた強者もいる)とか
乳幼児とか幼児とか、いろんな言い方があるし
あとはもうー赤ちゃんと思ってたら赤ちゃんなんだよアカチャンホンポなんて幼児までいけようて!
昔…というかほんの2年前の写真を見返すと、小さく、弱く、へにゃほにょな新生児の娘を見ると、今など大人のようなものだ。3ヶ月検診のため訪れた小児科の待合で見た絵本をめくる子もきっと2歳かそれに満たなかっただろうがずっと大きく、当時の感情からしたらきっと大人に見えただろうな。
何が言いたいかというと、私の娘が赤ちゃんを終えた時…両足で立ち歩き、固形物を食べ、礼節を身につけ(挨拶とかね)、グラデーションのように赤ちゃんを終えつつあったが
最終的な「赤ちゃんのおしまい」はいつなのか
私たちの場合はきっと、乳をやめてからだろうな。
乳に関しては、ミルクだとか、出る量だとか、育児系の話題で結構センシティブなところがあるので一概には言えない。ので、私個人の場合と強調しつつ。
泣く泣くお乳をやめた2歳の誕生日直前。(また今度断乳の記録を書こうと思います)
大好きだった、文字通り「生きる糧」を取り上げられた娘の猛攻は凄まじかった。
大きな波を乗り越え、乳を恋し、乳を忘れ、乳への執着がなくなった頃から一気に喋る量が増え、なんでも自分でやりたがるようになった気がする。乳が、赤ちゃんを切り離し子供へとつなげる最後の枷だったんだろう。
イヤイヤ期も自分でできるんだ、やりたいんだ!という成長過程なのだ。親にできることはただ耐えること。忍耐。耐久戦。乗り越えたらまた進化し、その先にはまた思春期とか(精神的金銭的色々と)困難があるだろうが、そうやって人は成長して繋いできた。だから耐えよう、頑張ろうイヤイヤ期の親の皆様方
2歳の娘よ
約1年と少し、母ちゃんの着せ替え人形だったり、母ちゃんの趣味の本とかおもちゃで遊んでくれてありがとう。これからはあなたの好きなものを大いにアピールしてください。親を上手に乗りこなしなさいな。ただし我々親もあなたを幸せにすべくそれなりに導くぞ。
赤ちゃんだったあなたはとても可愛く愛おしかったです。赤ちゃんを終えてもそれは継続中です。イヤイヤはあなたの進化なんだとわかっています。イヤかもしれないけど風呂には入ってくれよな。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?