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【感想】君の夢はもう見ない(五條瑛)

鉱物シリーズに登場する『中華文化思想研究所』の所長 仲上孔兵が主人公の連作集です。
かつて、アメリカ国防総省の情報機関のひとつである<会社>のもとで、情報の世界に身を置いていた仲上。
ある事情から情報の第一線から退き、現在は<会社>の子会社である中文研で働く彼のもとに、数年ぶりに届いたある“中国通”からの手紙。
同じく<会社>の連絡員だったラウル・ホウとの個人的な因縁。
仲上が四分の一、ラウル・ホウが四分の三、二人合わせて一人前の中国人と言われた、彼らがみた「夢」とは。
中国周辺各国で活動する民間人の情報源“中国通”たちから届けられる手紙を中継する「メールマン」の役割を担っていた仲上の物語らしく、物語の流れに沿って、各章の始まりと終わりに手紙の文面が挿入されている構成が印象的です。

(以下、ネタバレあり)

本作では、隆さんが勤める『極東ジャーナル』の下階に入居する中文研の所長にして良き(?)隣人である仲上さんの過去を垣間見ることができます。
正直なところ、こんなに重い物語を背負った方だとは思っておらず、驚きました。
本書を読むと、鉱物シリーズでの軽口の裏にも、経験に基づく重みみたいなものを感じられるようになるのではないでしょうか。

仲上さんのもとに持ち込まれた様々な頼まれ事を軸に語られる8編の物語からは、中国と米国との間で翻弄されたかつての“中国通”たちの現在と、祖国を離れて他国で暮らす中国人たちそれぞれの事情と選択を見ることができます。

そして、すべての物語に共通するのが、ラウル・ホウの影。
仲上さんが情報の世界にのめり込むあまり、情報の世界とは何の関りもなかった妻の人生を狂わせてしまった、その出来事に深くかかわり、現在は米国ではなく中国のスパイとして活動しているらしい彼。
ラウル・ホウは、いい加減に諦めろ、お前は必ずこっちの世界に戻ってくる、今度こそ一緒に中国の夢をみよう、と仲上さんを誘います。
それはすなわち、仲上さんに、<会社>を裏切って共に来い、ということ。
ラウル・ホウに溺れ、いまだその熱に囚われている仲上さんのかつての妻を早々に切り捨て、仲上さんを誘うあたり、ラウル・ホウも骨の髄まで情報の世界の人間なのだなと思います。
そしてきっと、仲上さんも……

本作には、『極東ジャーナル』の野口さんと隆さんも登場します。
エディに個人的な借りを作るのはいやだと言いながら、結局調べものを引き受けてくれる隆さん。
エディに対する態度は、大人に逆らう子供のようない意固地なところがある、と仲上さんは面白がっているよう。えぇ、とても面白いですよね(笑)
野口さんは、仲上さんの過去に関係する女性と接触し“ショチョウ”の過去に不安を感じる『中華文化思想研究所』の善良な従業員 ラリー・チャンに、「無視しなさい」と言いつつもアドバイスをくれます。(そして、チャンさんが隆さんのデスクにコーヒーをこぼしたことには「葉山君の机だから、いいわよ」と言い放つ。この上司部下の関係性は毎度面白いです。)
時にお互いの頼みごとをきき、『極東ジャーナル』仮眠室にシャワールームが付いたと聞き早速借りに行く。<会社>との距離に差はあれ、よい関係性を築いている両社の日常を感じられるのも魅力です。

後日隆さんやエディとかかわりを持つことになる、マカオの薔薇「ブルー・ローズ」が本作で登場。書影の青薔薇は、彼を意識したものなのかもしれません。


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