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100日後にデビューするYouTuberを見つけたので盗撮してみた #35

たつやは大阪で育ち、幼少期の頃からサッカーの才能を開花させた。
小学生時代、ガンバ大阪のジュニアユースに所属していたが、スピードだけが思うように伸びずユースへの昇格は実らなかった。
中学校は公立校へ進学した。そこでもサッカーに明け暮れ、小学生時の悔しさをバネに努力を重ねた結果、数々の大会で注目を浴びるようになる。
その実績を買われ、高校はサッカーの名門校、金光大阪へ推薦で入学した。

しかし、将来を期待されていた二年生の夏、『オスグッド病』という膝の病気が発覚した。「後遺症が残る一歩手前の状態だ」と医者に言われ、サッカーを休止せざるを得なくなる。
あまりにも発覚時の状態が悪かったため、完治までが長引き、結局そのまま引退を迎えた。

たつやの経歴をざっくりと説明すると、そういうことらしい。

「とにかくサッカー一筋で育ってきたんすよ、たつやは」

「病気で断念はちょっと可哀想やな」

「で、大人になってからもやっぱりサッカーは好きで、将来はスポーツバー開いて仲良くなった客とかサッカーやってた仲間でW杯観戦したいと。で、うまくいったら最終的にはフットサル施設とかつくりたいなって考えてたらしいです」

「へえ。それ何歳のとき?」

「19とか20歳のときっすね。だから高校卒業した後はいろんなバイトしながらバー開業のためにずっと貯金してたらしいんすよ」

「真面目やな意外に」

「はい、でもそんなん時間かかるし、やってるうちにやっぱ別のことしよっかな、てなりそうじゃないっすか?」

「若いしな」

「でもたつやガチで貯めたらしいっす。600万。4年半で」

「すごいやん」

「で、いよいよ本格的に開業の準備進めていこう、てときに兄貴から連絡あったんすよ」

出たな、と思った。ここからが本題だ。

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