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鳥取の女子高生、流れ星を作る。〜スタートアップの育成に必要なこと〜

鉄板の自己紹介

「何をしてはる人なんですか?」
と聞いてはみたものの、戸惑うことがよくある。
ベンチャーキャピタリストとかエヴァンジェリストとか大層な名前を言われても、結局何をしている人なのかよく分からなかったりする。
かくいう僕も「社会的金融教育家です」と名乗ってみることもあるが、眉を顰められることも多い。そういう微妙な空気になったときは、「宮台真司さんが命名してくれたんです」と言ってお茶を濁している。
この、「あなた何してはる人なんですか」問題を、僕はいまだに解決できていない。

その意味で、知人の岡島礼奈さんを羨ましく思っている。
彼女の自己紹介は明快だ。子供でも大人でも、それを聞いて興味を持たなかった人を見たことがない。
先日、経世済民オイコノミアのゲストとして彼女に出演してもらったときもそうだった。
番組主宰者の神保哲生さんは還暦を過ぎているが、少年のように目を輝かせて聞き返していた。
「えっ、本当にそんなことできるんですか?」

彼女は、初対面の人に、いつもこう話すのだ。

「私、人工の流れ星を作っているんです」

これは、比喩でも誇張でもなく、彼女自身が起ち上げた会社で近い将来、実現しようとしていることだし、技術的には可能なようだ。

人工衛星から、1cmほどの金属球を打ち出せば、流れ星を作ることが可能だそうだ


スタートアップ育成計画

今回、彼女を「経世済民オイコノミア」のゲストに呼んだのは、宇宙について語ってもらおうと思ったのではない。岸田政権の政策の目玉の一つになっているスタートアップ(※)
支援について議論しようと思ったからだ。

※ 一般的には起業や新規事業の立ち上げを意味する言葉ですが、特に革新的なアイデアで短期的に成長する企業を指します。

このスターアップ支援の目標は、5年以内に投資額を10兆円規模にして、将来的にはユニコーン(未上場で時価総額1000億円の会社)を100社以上にすることらしい。
だいたい、こういうテーマで議論すると、ベンチャーキャピタリストを名乗る人たちが出てきて、ファンドレイズがどうの、ヴァリュエーションがどうのと、難しい横文字を並べたてる。そして、100億円出資しただの、1000億円のバリュエーションになっただの莫大な金額が出てきて、視聴者は理解した気にさせられる。

しかし、岡島氏は言う。
「スタートアップとはそんな金儲けの話じゃない。『こういう世界になってほしい』と考えることだ」

そもそも、どうしてスタートアップを支援することが、政策の目玉になるのか、その話から始めたいと思う。

株価を目的にするのは三流以下

下の表は、日本と世界の時価総額ランキングのトップ10だ。
見ての通り、日本のトップ企業の時価総額は世界に比べて桁が一つ違う。バブルに浮かれていた1989年は、世界の時価総額トップ10のうち、7社が日本の会社で占めていたときもあったが、今となっては遠い過去のこと。
現在では、日本で1位のトヨタでさえ、世界のトップ50からもれてしまった。

時価総額ランキング (日経などのデータを元に筆者作成)

その1989年以降に創業した会社は世界のトップ10のうち4社もあるが、日本のトップ10には一つもない。
世界のトップ10に入るのは、エネルギーなど安定した需要のある産業を除けば、新しい価値を生み出しているGAFAなどの新興企業だ。
高度成長期に日本を引っ張ったトヨタやソニーも、昔はスタートアップだった。

という話をすると、
「結局は金の話じゃないか。株が上がればいいんだろ」
と思われるかもしれない。しかし、そうではない。株価はあくまでも結果でしかない。
高度成長期に僕らの生活が豊かになったのは、ソニーやトヨタの株価が上がったからではない。家電や自動車の研究開発が進み、安価で大量生産できて、多くの世帯に普及したからだ。
GAFAMがありがたいのも、投資で儲けさせてくれたからでもない。
Googleに聞けば今晩のレシピからフェルマーの最終定理まで教えてくれるし、iPhone1台持っていれば、快適な生活が送れるからだ。

スタートアップに必要なのは、
「どんな社会を作りたいのか」というビジョンだと岡島氏は言う。
お金だけあっても、ビジョンをもって努力し続ける人たちがいなければ、スタートアップが成功することなんてあり得ないのだ。

岸田政権のスタートアップ育成五カ年計画の三本柱の1番目にも人材育成が掲げられている。

第一の柱:スタートアップ創出に向けた人材・ネットワークの構築
第二の柱:スタートアップのための資金供給の強化と出口戦略の多様化
第三の柱:オープンイノベーションの推進

しかし、経済成長=時価総額の上昇だと思っていると足元を掬われる。お金に目がくらんだ人たちの投資マネーさえ集まれば株価なんていくらでも上がってしまうのだ。
例えば、SPACがいい例だろう。簡単に資金調達して上場できるというメリットからアメリカではSPAC上場がもてはやされたが、どれだけ投資マネーがあつまっても中身が伴わなければ、いつかは風船のように弾けてしまう。

米国SPAC上場企業数推移 (E&Yホームページより)

世界は自分たちで変えられる

岡島氏は経産省の未来人材会議で委員をつとめているが、日本の人材育成の問題は、社会への当事者意識が低いことだ。
以前の記事でも、同じ話題になったが、「自分で国や社会を変えられると思う」と答える18歳の割合が日本は極めて低い。謙虚さを美徳とする日本人は控えめに答えている可能性はあるが、それだとしても低いだろう。

経産省未来人材ビジョン 資料より

高校生まで、地元の鳥取で過ごした岡島氏は、当時のことを振り返った。鳥取に暮らしているとテレビで起きていることと自分の世界が連動しなかったと。東京に来て、大学に入ってから、社会は手が届かない場所ではないと気づいたらしい。
(僕と彼女は同い年なのだが、在学中、あのホーキング博士の講演を安田講堂で聞いた時は鳥肌が立った覚えがある)

起業家になる必要はないだろう。
だけど、「世界は自分たちで変えられる」と若い人たちに感じてほしいと彼女は言う。彼女が人工流れ星を作りたいと思う理由はまさにそこにある。
「流れ星を作ることだって、自分たちの手でできちゃうんだということを見せたい」
と彼女は語ってくれた。

株式会社ALEのビジョン

そして、彼女は日本の学生を悲観しているわけではなかった。国民性の問題も含めて、社会に対しての意識は低いかもしれないが、ポテンシャルを秘めているという。スタートアップでイノベーションを起こすには、理系人材を育てることが必要だが、日本の数学的・科学的リテラシーは世界でトップレベルだ。
彼らが、「世界は自分たちで変えられる」と感じられるようになれば、日本の未来は明るいと思う。

経産省未来人材ビジョン 資料より

岡島氏が、そう思うきっかけになったのは、高校生の時に参加した数学セミナーだったそうだ。実は僕もそのセミナーの参加者だった。
言われてみると、僕もまた、そのセミナーの影響を受けている気がする。その話はまた次回にでも。


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