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博士の愛した自転車と東大の愛した博士

2年前の2021年の春。
20年ぶりに再会した彼は、自転車に乗って帰っていった。夕方のまだ明るい時間だ。
自転車の後ろにはチャイルドシートがついていた。お子さんを保育園にむかえに行くと言う。同じ仕事をしている奥さんと分担しながら子育てしているそうだ。

彼とは大学時代の数学サークルで一緒だった。久しぶりに会ったのは、ネット記事で、彼の活躍を知ったからだ。

”東大が帰国を熱望した「天才」経済学者の野望”

ものすごいタイトルだが、そのままの内容だった。
スタンフォード大学で活躍していた天才経済学者、小島武仁氏は、日本人で最もノーベル経済学賞に近いと評されているという。
東京大学が小島氏を招聘するために、わざわざ東京大学マーケットデザインセンターを創設し、そのセンター長のポストを用意したというのだ。東大がそこまでして、海外から人を呼ぶなんて聞いたことがない。破格の待遇である。

その小島教授の野望というのは、マーケットデザインで社会を変えること。彼の専門分野であるマッチング理論を用いて、経済学を社会のために使いたいというのだ。
マッチングと聞くとマッチングアプリとかお見合いを連想するが、実はスーパーでトマトを買うのもマッチングだ。

お金という道具のおかげで、プログラミングが得意な僕とトマト作りの得意な私がマッチングする。お金がなくて物々交換しかできない社会であれば、僕は一軒一軒トマト農家を探して
「プログラミングのお手伝いしましょうか」と聞いて周らないといけない。おそらく、プログラマーを必要とするトマト農家を見つけるのは至難の技だろう。

それを可能にしているのがお金を使った市場(マーケット)だ。労働市場で、僕らは得意な仕事をお金に換える。この市場のおかげで、得意なことを仕事にしようとしたり、多くの人に求められていることを仕事にしようとする。

そしてもう一つ、商品市場。この市場においては多くの人に求められている商品は高く取引される。その結果、人気のある商品はたくさん作ろうとするし、逆に求められていない商品は作られないようになる。

お金を使った二つの市場の存在が、マッチングを可能にしているが、問題もある。最適なマッチングを提案してくれるわけではないのだ。
コンビニでは毎日大量のおにぎりやお弁当が廃棄される一方で、お腹をすかしている人たちは多く存在する。

また、お金をマッチングに使えない場合もある。たとえば、中学受験で応募者が殺到する場合、入学金や学費を高くすることで応募者を減らすことはできるが、もちろん社会通念上、それは許されない。

お金を使った市場(マーケット)を頼るのではなく、マッチング理論を使って新たにマーケットをデザインしていけば、世の中はもっと幸せになると小島さんは熱く語ってくれた。

その再会から2年。
僕は「経世済民オイコノミア」という番組を毎月配信するようになった。小島さんのような熱い学者の存在、そしてお金を使わない経済の将来性を多くの人に知ってもらいたいと思って、今回、ゲストとしてお呼びした。

https://www.videonews.com/oiconomia/12

マーケットデザインセンターは多くの研究者を抱えるようになり、さまざまな問題解決に取り組んでいる。

たとえば、コロナワクチンの配布や、研修医などのマッチング、組織内人事。
小島さん自身は、保育園の待機児童問題にも取り組んでいる。彼の提案する方法を実用化すると待機児童を6割減らせるという試算もあるそうだ。
マッチング理論を活かす分野は、まだまだ広がりそうだ。

僕らは、「仕事」というとお金のやりとりのある仕事のことを考えるし、「経済」というと貨幣経済でのマッチングのことを考えがちだ。
しかし、小島さんの目には別の世界が見えているように思える。
それは、彼がただ天才だということだけではなく、自ら子どもの送り迎えをしていて、貨幣経済に乗らない仕事の重要性をよく知っているからでもあるのだろうと感じた。

彼が日本に来る時に心配していたのは、せっかくいい提案ができても、社会に実装するのが難しいのではないかということ。これまでどおりのやり方を好む人たちが嫌がるのではないか。
ところが、意外にも協力的な人たちが多かったそうだ。

逆に、彼自身が働いている大学という場所のほうがトリッキーだそうだ。
アメリカの大学に比べると、日本の大学には研究以外の仕事を割り振られることが多く、仕事のマッチングがうまくいっていないと懸念されていた。

たとえば、こんな有名な話があるそうだ。
大学のセンター試験(今の共通試験)のときに、試験監督があまりにもやる気がなくて、試験を受けにきた学生達が驚いたという。疲れ切ったその顔を見て、学生達はさらに驚く。その監督がiPS細胞の研究で有名な山中教授だったのだ。

もしかすると都市伝説のような話かもしれないが、真実だとしても驚かないと小島さんは言っていた。大学というのはそういう空間なのだそうだ。
まずは、大学からマッチング理論を実装するべきだという結論になった。

収録が終わったのは午後4時半。
デザートに出てきたプリンをあわてて食べると、小島教授は急いで帰っていった。

お子さんのお迎えがあるそうだ。
彼の自転車の後ろ姿を想像して、僕の口元はほころんだ。庶民感覚を持ち続ける小島教授のような人が世の中をデザインしていってほしいものだ。


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