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生きていると、なりたいものになれる


本屋さんになりたかった。本に囲まれて、本を買いに来る人たちに本を手渡すことを仕事にしたかった。

本屋さんに通うようになった中学生の頃くらいから、ずっとそう思っていた。憧れをこめたキラキラの眼差しで、書店員さんを見つめていた。

けれど、高校生になってアルバイトで働き始めたのは、飲食店だった。チェーンのレストランで、平日も休日も目が回るほどに忙しく働いた。生まれながらの効率厨のわたしは、ホールでの効率的な動き方を考え続け、店長から「次、どうすればいいかな」と聞かれるまでになり、とにかく店の回転率を上げた。(店長仕事しろ)

どうして本屋でアルバイトをせずに飲食店のホールを走り回ったのかというと、お断りされたからだった。当時、学校に通いながら働ける範囲の書店でのアルバイト募集には「学生アルバイトお断り」とはっきり書かれていた。問い合わせたけどダメだった。ひどい。悲しい。

ゴリゴリの理系として学んでいたわたしは、就職先の候補として書店業界という選択肢はなく、「本屋さんになりたかったなあ」という気持ちを死ぬまで封印することにした。残念無念、また来世……と涙を流しながら、ゴリゴリの理系専門職として終身雇用されたのでした。


おわり


と、ならないのが人生ってものなんですよね。終わらなかった!

数年間、効率厨社員として全身全霊をかけて働き続け、自分のメンテナンスを怠った結果、ボロボロになり立ち止まったわたしは、フルリモートという働き方にキャリアチェンジした。終身雇用ならず!

かなり働きやすくなった。仕事と家事を全力でこなしても、朝に空白の時間ができてしまう。この空白の時間が気になった。ぼーっとして過ごすことはできないの。効率厨ですので。

さて、この時間をどうするか。考えはじめてすぐにひらめいた。

そう、書店員になればいいのだ。憧れていた書店員に。いまなら「学生アルバイトお断り」もされないだろう。思い立ってすぐ、近くの書店に電話をした。書店側も朝に入れる人を探していたらしく、奇跡のタイミングで流れるように雇用されることになった。書店員になれたのだ。

憧れていた書店員として過ごす日々は、本当に楽しかった。早朝に誰もいない静かな売り場で本の香りに包まれながら新刊を並べる時間が好きだった。地方で発売日には店頭に並ばない本を、今日は出ているかな~とわくわくしながら書店に入るあの気持ち。新刊棚を探して、見つけたときの胸の高鳴り。自分がずっと感じていたあの幸せをここに並べているのだ。そう思って毎朝幸せな気持ちで本を並べていた。

知りたくなかったと思うような嫌な部分もあることを知ってしまったけれど、それはそれでどんな職業にもあるだろうし、そんな部分を飲み込んで、本と向き合って静かに淡々と働いている書店員の方々のことを、知る前よりもっと好きになった。すこしだけかじっただけではあるけれど、書店員になれて本当によかった。

引越しをしたことで書店での仕事は辞めることになってしまったけれど、わたしは書店員のはしくれだった数年間を忘れないと思う。ずっと抱えていた「本屋さんになりたい」という生き方で、現実の世界で生きることができた幸せな日々だった。

「あんなふうになりたかった」「うらやましい」そう思うことってある。いまもある。たぶん何歳になってもずっとある。

それは、どうにもならないことはないと思う。なりたいものにはいつだって近付ける。その方向に体を向けて、ちょっと動いてみる。だれも気づかないくらい、ほんのすこしだけでもいい。たぶん毎日生きていればどこかに進んでいて、その方向に体を向けていれば、すこしだけでも近付いていくのだ、と思いたい。生きている間だけなりたいものになれるから、もう少し、あとずっと先まで生きていたい。

最後までお読みいただきありがとうございます!