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老人の夢と孤独Ⅺ



やあ、また会ったね。
ああ、先輩、先日はいろいろご指導いただきありがとうございました。
いやいや、老人の戯言に付き合ってくれて、感謝するよ。なあG、オフ会をしようや。
オフ会ですか?
うん、なんかねえ、リアルに面と向かって話し合う会を、若者達の間では、そう言うそうなんだ。
良いですね。何処でしますか?
俺の家に来ないか?
遠くでなければ、良いですけど。
うん、調べてみたけどね、そんなに遠くはない。・・・実は、しいのき公園の神にならないかと言われているんだ。
隣町ですね。
徒歩で、20分ほどかな。
もう少しかかりそうです。
そうかもしれないが、手ぶらで来てくれれば良い。
はあ、老人の外出は大変でして・・・。
承知しているよ。俺も老人だ。


(後日、老人宅を訪れるG。)
よく来てくれたね。
いえ、お招きいただき、ありがとうございます。
すぐに解った?
はい、アプリのマップに案内してもらいました。番地を聞いていたので、大丈夫でした。
そうかそうか。まあ、入ってくれ。・・・一人暮らしだ。散らかってるよ。片付けに手が付かないんだ。
・・・・・・。
女房が死んで、リタイアして、何も変わってないよ。情けないことだ。
誰でもそうですよ。
・・・まあ、飲もうか、東公園。
はい。
君、公園神の会の南部支部長って知ってるか?
ええ、知っています。温厚な方ですよね。
その、入会すると金銭的な負担があるのかい?
ありません。定期的に、公園について報告するだけです。
何を?
俺は、月に2回ほど、スマホで撮った公園の写真を1、2枚メールで送っているだけです。
それだけで良いの?
まあ、俺の場合ですけど・・・。
それなら、俺にも出来そうだな。
そうですね。
君にとって、何かメリットがあるのか?
ありません。金銭的なメリットはもちろん、何にもありませんよ。
じゃあ、なんでやってんの?
西公園から誘われたし、言わば惰性ですかね。・・・帰属意識はあります。
帰属意識ねえ。・・・ところで、人って遠隔操作出来るんだろうかね?


遠隔操作の意味にもよるでしょうが、似たようなことが出来ると思うことがあるかも知れません。
俺にも出来るかな?
無理でしょうね。
そうか・・・。
仮定の話ですが、先輩が大金持ちだとしましょう。
良いね良いね。億万長者ってわけだ。
・・・もっとですよ。
想像出来ないなあ。
まあ、良いでしょう。先輩は働かなくても、充分に良い生活が出来る。
良いね、夢がある。
そんな時、先輩は、傲慢にも、働く人達のことを遠隔操作している気になるかも知れない。・・・想像してみて下さい。
・・・・・・。(目を閉じて、沈思黙考する老人。)
先輩は、昼食や夕食に、高価なレストランでワインを飲んだり出来ます。贅沢三昧だ。まあ、そのうち体や精神を壊すでしょう。先輩も、遠隔操作されているのかも知れませんね。
(眼を開く老人。)
健康管理して、自制すれば良いような気もするがなあ。金はあるんだし。
生きるために、生きると言うことですか?
そう言われれば、そうかも知れないなあ。
そのことに、どんな意味がありますか?・・・生きるために生きるって変ですよね。
(考え込む態の老人。ゆっくりと杯を口に運ぶ。)


俺、公園神の会に入会しようかなあ。写真の撮り方とか、実地で教えてくれないか?
良いですよ。いつにしますか?
そうだなあ、明後日でどうか?・・・天気も悪くなさそうだし。その後、一杯やろうや。
良いですね。



(夕食のテーブルに着く老夫婦。Gは、飲み続けているが、泥酔してはいない。)
母さん、俺、明後日出かけるわ。
どこへ行くの?
隣町のしいのき公園だよ。午前11時に待ち合わせている。
孵化しない芋虫さんのお仲間ですか?・・・お酒好きの・・・。
まあ、そんなところだ。
どうせ飲むんでしょ。ツマミを用意しましましょうか?
ああ、ありがたい。
きんぴらとジャガイモの煮っ転がしにしましょうか。少し多めのジャガイモなら、老人の昼食には充分でしょうからね。
そうだな。
どんな方なの?
うん、俺より少し年上で奥さんを亡くしている。
・・・お気の毒に・・・。その方とのお付き合いは続きそうですか?
うん、俺からは断らないと思う。
だったらね、飲み会をする時は私に言って下さい。私が、それなりの料理を用意します。独居の方だと、食物繊維を摂れていないでしょう。近所のスーパで買ったインスタント・ラーメンとか焼きそばで空腹を満たしているのかも知れませんね。
・・・そうかも。
私、お役に立てると思います。
そうか?
私に任せて・・・あなたのお友達なんでしょ。
うん。


(その夜、老夫婦はベッドを共にした。だいぶ酔った夫が階段を使わないように気遣い、階下の老妻のベッドで寝るように言ったのだった。背を向けて横たわる夫の体に手足を絡ませる。)
ねえ、昔のことだけど、お父さん、戯れに私を誘ったよね。お父さん、よく言ってた。もうちょっと側においでって。
そうだっけ。・・・覚えているよ。君がもうちょっと側にくれば、俺、ハッピーになれるじゃん。
本気だったの?
・・・もちろんだよ。それに・・・戯れに誘ったわけじゃない。ちょっと格好つけただけだ。
そう・・・。



(タッパと日本酒をデイパックに入れて、しいのき公園まで歩くG。エントランスのスロープを上り、広場に着くと、老人が待っていた。)
こんにちわ。(声をかけるG。)
いやあ、すまんね。・・・その荷物は?
ジャガイモの煮っころがしと金平牛蒡、それと日本酒の四合瓶です。この後、一杯やるんですよね。
そうそう、それが楽しみだ。
じゃあ早速、写真を何枚か撮ってみましょう。
うん。
広場全体が収まるようにしましょう。細かい事は気にしなくて良いです。
(老人がスマホで広場の写真を撮り、その写真をGに示す。)
どうかな?
良いですね。次はエントランスで1枚撮りましょう。
・・・ああ・・・。
(二人の老人がゆっくりとスロープを下りる。)


エントランスはここから撮りましょう。スマホは横向きが良いと思います。
こうかな?(老人が撮った写真を示す。)
良いですね。では、家に戻って、写真をメールで送ってみましょう。


(程なく老人の家に着き、居間に案内される。やや雑然としている。Gはタッパをテーブルに出し、日本酒の瓶を置く。老人がグラスを用意し、ビールを注ぐ。グラスを合わせる老人達。)
お疲れさん。
はい、お疲れ様でした。・・・ですが、まず写真をメールで送ってみましょう。
ああ、そうだな。
メールソフトは何をお使いですか?
爺メールだが・・・。
・・・ハハハ・・・。では、さっき撮った写真を選択して・・・。
ん?・・・ああこれか・・・。結構よく撮れてるね。
先輩は、センスが良いようです。
そうかなあ・・・まあ、若い頃から写真には興味があってね。今でも、カメラを何台か持ってるんだ。最近は、あまり使ってないが。
左下の上向の矢印をタッチしてみて下さい。
こうか?
そうそう・・・。次にメールのアイコンをタッチ・・・。新規メッセージの画面になります。そしたら、宛先にタッチして、自分のメールアドレスを入れましょう。
自分で自分に送るのかい?
練習ですからね。
うん。件名はどうすれば?
そうだなあ・・・しいXXXXとでもしておきますか。XXXXは月日を数字で。入力できたら、右上の上向き矢印をタッチ・・・。
うん。
良く出来ました。タイムラグがあるかもしれませんから、少し時間をおいて確認しましょう。
(自分宛のメールを確認する老人。)
おお、来てる来てる。こうなるんだ。
では、もう一枚送ってみて下さい。


(老人が写真をメールするのを見ながら、手酌で日本酒を飲む。気になっている壁に目を移す。)
先輩、あの張り紙は?
スローガンだよ。
『 欲しがりません、死ぬまでは』って、ユニークというか斬新ですね。感服しました。
ハハハ、そんな大したものじゃない。パクリだしな。忘れないように、貼ってるだけだ。老人は忘れやすいからな。
はぁ・・・そうかも知れません。


なあG、人生の目的はな、リカヴァリー、ターンアラウンドだよ。
・・・挽回・・・逆転・・・ですか?
うん、俺、そう思うんだ。・・・違うかも知れないけどな。
・・・・・・。
・・・教えてくれる人が居ないんで、自分で考えているんだよ。


  令和5年10月28日

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