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屋根裏部屋の少年ⅩⅩⅡ


母さん、君の心配は何かな?
スーサイドです。
・・・心配しすぎだよ。
だと良いけど・・・四六時中、そばに居たいくらいです。
・・・・・・。
お父さん、私、あの子のことが心配なの。この前、一緒に居間の掃除をしたんだけど、終わった後、そこに座ってボーッとしているの、寂しそうな顔をして。


どうしたの?
・・・何でもないよ。
心配事?
違うよ。


訊いたんだけど、答えてくれない。
そう言う年頃だ。
人並みの生活を送ってもらいたいわ。
人並みの?
はい。16歳の男の子が、週日に母親と居間の掃除をするのは、普通じゃない。
そうかもしれないね。(苦笑する父。)


コーヒーか紅茶、飲む?
紅茶にしようかな。
ビスケットは?
少し・・・紅茶はプリンス・オブ・ウェールズが良いな。
そう・・・。
・・・すみません。母さんが淹れてくれるなら、何でも良いです。
デビッド、我儘を言って良いのよ。
はい。
おまえ、何をしたいの?
そうですね、自分をリセット出来たら良いなあ。



デビッド、エコーとはどうなの?
どうって・・・友達です。
エコーは女でしょ?
それはそうだけど、性差を意識したことはありません。
そうなの?・・・スワンも?
そうですね。彼女達は戦友だから。・・・性的な対象と思うことが、良く解らないんだ。
おまえ、どっちの娘が好きなの?
・・・エコーです。秘密にして下さい。
どうして?
秘めた想いの方が価値がある。あからさまな粗暴の方が、秘めた愛よりも良いと言うようですが・・・母さん、エコーは特別な娘です。
エコーが特別な子って、どう言う意味?
彼女と初めて会った時、バス停のベンチで、自分で持ってきたサンドウィッチを食べていました。僕は、その上品な様子に目を奪われた。それから、何度か会うようになって、同じような価値観で生きていると思うようになりました。
・・・・・・。
スプレンダー・イン・ザ・グラス。ウィル・ワーズワスの詩です。彼女も、その意味を感じていた。
初恋?
そうかもしれません。甘い言葉ですね。だから、僕のナンバーワンはエコーです。
彼女が心変わりしたら?
それは仕方ありません。人の心を繋ぎ止めることはできない。僕は、失恋することになります。
そうなったら、辛くない?
・・・辛いに決まってるじゃないですか。ただ、僕は、初恋を失いたくないだけで生きてるわけじゃないよ。
そうなんだ。


(土曜日の朝、バスを待つデビッド。マッド・ブルが来る。)
おはようございます。
おお、体調はどうだ?
特に問題は無いかと・・・。
このところ暑いからな。腹の具合はどうだ?
大丈夫です。
そうか。今日、バトルの後、事務局に行ってくれ。
僕、何かしましたか?
いや、ちょっと目が気になってな。
日常生活に支障はありません。
バトルは日常生活じゃない。秦野次長に話を通してある。彼女の指示に従ってくれ。
はい。


(バトルが終わり、事務局に行くデビッド。中年の地味な女性が応対に出る。秦野次長だ。)
デビッド、こっちに来て。
はい。
(机を挟み、秦野次長と向き合う。)
デビッド、これを見て。
はい。
戦略分析室の櫂さんと、最近の君のフライトを分析しました。
はい。
センターと左翼に入った時の勝率が落ちています。
はい。
ただ、右翼に入った時は、それほどでもない。
・・・・・・。
左目の隅が見えにくいのでは?
自覚はありません。
デビッド、今日の午後、テストを受けましょう。
テスト?
戦闘用ゴーグルを着けて、シミュレーターに乗ってもらいます。
拒否出来ますか?
・・・デビッド、戦闘用ゴーグルを着けてる者は何人も居る。・・・恥ずかしいの?
・・・・・・。
デビッド、こんなこと言いたくないんだけど、セクションは違っても階級は私の方が上です。
解っています。・・・遵奉します。
(無表情に答えるデビッドを見て、顔を曇らせる秦野次長。)


(食堂で昼食を摂っていると、櫂が来る。)
こんにちわ。
櫂先生・・・。
エコーやスワンは居ないの?
学校の行事や塾があるようです。
そう・・・寂しい?
ハハハ、子供じゃないんで。
そうですね。
午後に、戦闘用ゴーグルを試すように言われました。
不本意ですか?
いいえ、上官のオーダーですから。選択肢はありません。
デビッド、私達のアドヴァイスよ。
私達って?
マッド・ブルと私・・・。


櫂先生、セックスってどうするの?
・・・夢精したことはありますか?
はい。
マスターベーションは?
・・・はい。
誰と性交したいの?
エコーです。
彼女には、性経験がありますか?
・・・解りません。
君の欲望は強いの?
そうかもしれません。
・・・デビッド、私に教えられることはないわ。


先日、母と居間の掃除をしました。
そう・・・。
終わって、母が紅茶を淹れてくれました。みんな何をしているんだろう、そんな思いが湧いて来て、自分が解らなくなりました。
・・・・・・。
しばらくして、昼食を食べたら、もう、さしてやることがない。先生、女友達が居ないことより、こっちのほうが寂しい。僕、何のために生きているのかなあ。食べて寝ているだけじゃないか。
その答えは、自分で探すしかないと思う。
・・・大人になれば、酒やタバコで気を紛らわすことが出来るかなあ?
飲酒や喫煙、したことがあるの?
いいえ、コマンダーやマッド・ブルは規律違反に厳しいから。
そうね。容赦ない人達だよね。
はい。


デビッド、そろそろ行きましょう。テストの準備を・・・。
はい。
マッド・ブルと私が立ち会います。
お手数をおかけします。


(帰宅するデビッド。)
ただいま、母さん。
お帰りなさい。今日は遅かったね。
うん、テストがあってね。
テスト?
左目の視力が、少し落ちてるって。
そう、勉強のし過ぎかしらね。
そんなことないよ。何のための勉強か解らないし。
櫂先生に教わっているでしょ。
櫂先生、優等生だから・・・。昔、僕のクラスにも、そういうタイプの子が居た。彼女のようなタイプは無理をしない。無理をしなくても、充分に優秀だから。
おまえ、先生を判断してはダメよ。
はい。・・・父さんは?
図書館に行ってる。借りたい本があるんですって。
そうですか。休日のこの時間なら、お酒を飲んでいると思っていました。
そうねえ、土曜日の午後は黄金の時間だからね。翌日も休みだし。


休日の昼下がりに飲む酒って、晩酌じゃないよね。
そうかもね。
父さんは、机に向かって苦しんでいるのかもしれないよ。
飲酒と喫煙を繰り返しながら?
それは、外見に過ぎない。


(父が数冊の本を抱えて、帰って来る。)
お帰りなさい。
ああ、ただいま。
父さん、今日は飲んでないんだ。
うん、気になる本があってな。図書館に行ってた。おまえも、帰ったところか?いつもより、遅いな。
はい。視力の低下を疑われて、テストを受けていました。
そうか・・・。部屋に行くが、良いかな?
(本を抱え、ゆっくりと自室に行く父を、二人が見る。)
お父さん、ビール持って行くね。
ああ、ありがと・・・。
(母が苦笑しながら、息子と目を合わす。)
愛想の無い人ね。
考え事をしているんでしょう。
下手な考え休むに似たり、だっけ?
下手の考え、とも言います。
どう違うのかしら?
碁将棋が弱い人のことを、下手と言います。
・・・口を慎まなければいけないわね。
はい。

  令和6年7月31日

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