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楽園の狂人ⅩⅩⅡ




お爺ちゃん、明日、学校まで送ってくれる?
良いよ。
9時に出たいんだけど、大丈夫?
ああ、頑張るよ。
悪いね。
気にするな。マイプレジャーだ。


(スワンを学校まで送るエム。)
このところ暑いな。
そうですね。
帰りも迎えに来ようか?
いいよ、何時になるか分からないから。
そうか・・・。
それよりさあ、お昼ご飯、用意しておいたから。
さて、何かな?
ドライカレーとサラダです。ドライカレーは冷凍だから、説明書きがある。チンすれば良いから。サラダは冷蔵庫にあるからね。
ああ、大丈夫だ。
フクナガ先輩に誘われてるの。お茶して、話をするだけです。
ナンバー2の男子か?
お爺ちゃん、私は男に順番はつけません。


(スワンを学校に送り、帰宅するエム。若干の空虚さを感じる。)
(早めに昼食を摂ると、さしてやることもない事に気づく。)



(呼び鈴を押すエム。やつれた感じの、若い娘が出てくる。)
スワンか?
はい。あなたは?
俺はエムだ。
何の用ですか?
ちょっと入らせてもらおうか。
・・・良いけど。
(居間のテーブルのカップ麺に目を止める。)
それはなんだ?
私の夕食です。(恥ずかしげに顔を背けるスワン。)
学校には行っているのか?
いいえ・・・少し、休んでいます。
俺のところに来い。
いきなり、そんなことを言われても・・・。



(日曜日、庭の草取りをするエム。スワンが出てくる。)
お爺ちゃん、手伝うよ。
ああ、ありがと。
このところ、暑いね。
まあ、適当なところで切り上げよう。
ーーーーーー
お爺ちゃん、汗かいちゃったね。シャワー、一緒に浴びよう。
うん。
先に行くね。
(エムが浴室に行くと、脱衣所に全裸のスワンが立っている。)
ん?・・・どうした?
お爺ちゃん、私の匂いを嗅いで。
理由があるか?
臭くないか、確かめて欲しいの。臭いと嫌われるからね。
俺はおまえの体臭を気にしたことはないよ。
でも、確かめて・・・。
どれどれ。・・・特には感じないな。
髪の毛や脇の下はどう?
う〜ん、普通じゃないか。
そう・・・じゃあ一緒にシャワー浴びよう。体を洗って下さい。泡だらけにしてね。



スワン、夏休みだな。
はい。
計画はあるのか?
隣町の塾の夏期講習に申し込みました。
そうか。・・・ボーイフレンドはどうした?
フクナガ先輩、デビッド、どっちのこと?
デビッドはエコーのボーイだろ?
そうだけど、私、まだ諦めてないから。・・・フクナガ先輩は、熱がないの。というわけで、私の夏休みは、塾とお爺ちゃんだね。
(エムの口元が微妙に緩む。)



お爺ちゃん、あの子、もう長くないかも・・・。
チビのことか?
はい。よく横になってるし、ご飯の時じゃなくても、妙に懐いていくるの。
だから?・・・猫の習性だよ。
私、あの子の最後の時に、冷たくしそうで怖い。





先輩、小説、書いていますか?
うん、書いてるよ。ただ、前にも言ったけど、僕、書くのが遅いからね。
どうすれば、モティベーションを維持することが出来ますか?
難しい問題だね。君はどうしているの?
・・・本を読んだり、お爺ちゃんと話をしたりします。この前、図書館の廃棄本の中に裸のランチがあって、即、持ち帰りました。あと、メモを書いたり・・・。
そうですか。僕もメモは書くよ。用紙を変えてみたり、筆記用具を変えてみたりする。PCやタブレットを使ってみたりもね。まあ、目先を変えるだけだけど。・・・君は何を考えているの?
エロスと暴力についてです。
あれ?エコーも同じようなことを言っていた。君達、チャレンジャーだね。エコーとは親しいの?
戦友です。
穏やかじゃないね。
私達は、土曜日戦争の兵士です。土曜日戦争、ご存知ですか?
いや、知りません。
ケーブルテレビで放映されています。
そのうち、見てみましょう。でね、僕、考えたんだけど、短編小説を書いてみようかな。
形式は、大した問題じゃないかもしれません。
・・・そうだね。スワン、お爺さんと何を話すの?
大袈裟に言えば、哲学的なことです。死とか人生の意義とか・・・。
お爺さんは、そんなことを考えているの?
そうですね。でも、本当はもっと別のことを考えているのだと思う。
別のこと?
はい。
それは何?
私には解りません。お爺ちゃんも、解っていないのかもしれません。
だったら、徒労じゃないの?
だから、お爺ちゃんは見えない力に頼ろうとしているの。
見えない力?
はい。


たった六語の小説があるそうです。
六語?
英語ですから、日本語にすると2、3倍の字数になります。知りたいですか?
ああ、ぜひ知りたいね。
For sale: baby shoes, never worn.・・・です。
・・・メモしても良いか?
もちろんです。
もう一度、言ってくれないか。(名前入りのトラベラーズノートを取り出すフクナガ。)
はい。フォー、セール、コロン・・・ベビー、シューズ、カンマ・・・ ネバー、ウォーン、ピリオド・・・です。
ウォーンはウェアの過去分詞で良いかな?
・・・だと思います。





(自室の机に向かい、ウヰスキーのロックを飲みながら喫煙を繰り返す。スワンの帰宅時間を気にする。玄関の物音に気付き、安堵するエム。)
お爺ちゃん、ただいま。
ああ、おかえり。
ごめんね、少し遅くなっちゃった。
心配してはいないよ。
・・・はい・・・怒ってる?
怒ってねえよ。
お爺ちゃん、少し弁明しても良いですか?
言い訳をするのか?
はい。
聞こうか、俺を納得させてくれれば良いが。
フクナガ先輩と小説の話をしていました。彼は、遅筆で、モチベーションを維持するのが困難だと言っていました。それで、あれこれ話しているうちに時間が経ってしまいました。
そうか、楽しかったか?
はい。


お爺ちゃん、ベッドで横になっても良いですか?
良いよ。
制服がシワになると困るから、脱ぐね。
(パンツだけで横になったスワンを見るエム。)
おまえ、胸、小さいな。
・・・私の体型をディスってますか?
いや、品の良い少年のようだ。
ペニスはありません。確かめますか?
ハハハ、識ってるよ。


ねえ、お爺ちゃん・・・横になると・・・楽だね。
そうだろう。
・・・お爺ちゃん・・・落胆すること・・・ありますか?
あるよ。
そんな時・・・どうするの?
さあな、自分の非力を嘆くんだろう。
・・・はい。(タオルケットを引き寄せ、身体を包むスワン。)

   令和6年7月25日

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