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森の少年


(鬼ケ岳村に移り住んで、一年余りが過ぎた。村のスーパーに頼んでおいた商品が届く。)
こんにちわ、毎度ありがとうございます。
ご苦労様です。
最近は、どうですか?・・・オサ。
ノジさん、俺はオサじゃないよ。
オサだったと聞いている。なんか事情があって、この村に来たそうだね。
ああ、その通りだ。・・・この島でオサと呼ばれる者は一人だけだよ。
じゃあ、オーさんにしようか?
好きにしてくれ。
オーさん、俺、これから鬼ケ岳神社に行くんだ。
大変だね。
まあ、最近は中腹に駐車場が出来たから、だいぶ楽になったよ。


(初老の男が、森の中の道を鬼ケ岳神社に向かって歩いている。時折、腕時計を見ながら、無表情に、細い坂道を登って行く。30分余り歩き続け、鬼ケ岳神社の鳥居をくぐる。拝殿に寄り、授与所に。姉弟が迎える。)
こんにちは、ノジさん。
こんにちわ。今日はオーさんの所に寄って来たよ。
オーさんて、誰?(弟が口を挟む。)
村のはずれに住んでいるおじさんだ。
あの人、オーさんって言うのか?
俺が、そう呼ぶことにしたんだ。
そうか・・・で、今日も同じで良いか?
いや、これでお願いしたい。(ポケットから小さなメモを取り出し、姉に渡す。R✖️2、P✖️2、EX✖️1と記されている。)
はい。ボーイ、用意して。
うん。(弟が席を立つ。)


ノジさん、奥様はいかがですか?
・・・相変わらずです。
そうですか。お大事になさって下さい。
ありがとうございます。
姉ちゃん、持って来たよ。(弟が紙袋を持って来る。)
言葉使いに気を付けなさい。・・・すみません、ノジさん。では、ご確認下さい。桃源茶Rが2袋、桃源茶Pが2袋、桃源茶EXが1袋、以上でよろしいですか?
はい。
初穂料は3,400円になります。
はい。
(ノジさんが、手垢に塗れた札と小銭で支払う。)


(数日後、少年が訪ねてくる。)
オーさん・・・。
ん?・・・ノジさんに聞いたのか。こないだ、おまえのところに行ったろ?
来たよ。最近、良く来る。
信心深いのか?
そうだね。(少年の顔が曇る。)奥さん想いの優しい方だよ。ノジさんは、オーさんが来る三ヶ月ほど前だったかな、奥さんと一緒に鬼ケ岳村に来た。
この村の、ゆかりの人なのか?
違うよ。スーパーのオーナーとは旧知の間柄だったらしいがね。・・・ノジさんは、奥さんの死に場所を求めて来たんだ。
死に場所?・・・病気なのか?
うん。病んで、気分が沈滞し、いろんな事に無関心になる。表情豊かで魅力的だった奥さんが無表情になっていく。最近は、痛みも出て来ているようだしね。
鬼ヶ島神社に願掛けか・・・。
あと、桃源茶を求めに来るんだ。
桃源茶?


桃源茶の話、聞く?
うん、興味深い。
鬼ケ岳神社は、1500年以上の歴史がある。神社に残っている文書によると、西の方から来た移住者が、この森の野草から作ったのが桃源茶だ。あんたもオサだったんだから、移住者の話、知ってるだろ?
聞いたことはある。魔法使いだとも。
魔法使いね。確かに桃源茶は奇跡のブレンドだ。俺の祖先が、彼らを受け入れた。彼らも同化したようだ。彼等は特殊な道具を持っていた。グラム単位で計ることが出来る物とか。俺は、今でもその複製を使っているんだ。特別な目盛りが付いていてな。彼らが残してくれた虎の巻を元に、先祖代々受け継がれてきた。彼等には、解っていたんだ。千年後にも通用するってね。彼等には終わりが見えていた。そうとしか思えないな。


しばらくは、細々と製造を続けていたようだ。俺の祖先の中では、何代か毎に変わり者が出たようなんだ。彼等は、薬効を強めるブレンドを開発をした。桃源茶には、鎮痛作用と興奮作用・覚醒作用があるからね。
凄いな。
ところがだよ、良いことばかりじゃなくてね。強桃源茶を乱用する者が増えてな。頒布を中止したそうだ。
お蔵入りか。


長いこと封印していたようだが。オーさん達が復興に努力し、医療体制が整った頃、鬼ヶ島病院の医師が来たんだって。俺の親父が、まだ若かった頃だよ。緩和ケアの患者に使いたいということだった。・・・俺、遅く出来た子なんだ。姉ちゃんとも年が離れてる。
・・・・・・。
若かった俺の親父は、同年代の医師と意気投合して、治験を繰り返した。やっと完成したのが、桃源茶の  Deth-Beds  Edition  だ。死んで行く患者のデータを集め、線引きすることが出来た。RーPーEX。親父にも、夢と希望に燃えた若い頃があったんだよなあ。(少年がポロポロと涙を零す。)今は、酒飲みのだらしない親父だが・・・。
おまえ、泣いてるのか?
・・・泣いてねえ。・・・ノジさんに残された時間は、そう長くはないよ。PとEXを求めることが増えたから。両方とも医薬品だ。


桃源茶を愛飲するのは、高齢者に多い。理由が解るか?
さて・・・。
彼等の欲求と恐れを、束の間でも忘れることが出来るからだよ。一袋で約一ヶ月だ。大事に煎じて、少しづつ飲むんだ。落ち込んで、無用の我が身を呪う、そんな時、茶碗一杯の桃源茶が救いになるのさ。
俺にも作ることが出来るか?
無理だね。鬼ケ岳の森は不可触領域だ。特に、東西斜面の駐車場から上はサンクチュアリィだ。誰も通路から外れることは出来ない。アンタッチャブルなんだよ。
それは、残念だ。


オーさん、桃源茶、試してみるか?
ぜひ、そう願いたい。
そう言うと思って一袋持ってきたよ。プレゼントは出来ない。初穂料を払ってくれ。
いくら払えば良いかな?
500円だ。
そんなに高くはないんだ。
まあね。まずは水出しでやってみようか。一リットルのペットボトルはあるかい?
う〜ん、1.8リットルならあるよ。
やれやれ、酒飲みだねえ。安ウヰスキーをガブ飲みか。良いよ、俺が用意する。明日の朝、小さめの茶碗で飲んでみな。ただし、一日3杯まで。朝昼晩だから解るだろ?


(少年が帰り、飲酒と喫煙。やがて日が落ち、粗末なベッドに身を横たえる。胸の前で両腕をクロスし、目を閉じる。思い出すのは、若かった頃のことだ。懸命に戦い敗れたが、復興に全力を尽くした自負はある。良い時期だった。声をかけると笑顔で振り返るハルの面影が浮かんでは消える。)
(うつらうつらしているうちに、すっかり日が暮れる。雷鳴と強い雨音で目が覚めた。雨はすぐに止み、静かな闇が村を包む。)

最愛の伴侶を失ったノジさんは、どうなるのかな?
・・・さあな、たぶん、全てを放棄するんじゃね。
・・・・・・。
俺、帰るわ。また来ても良いか?
良いよ・・・。

  令和6年4月18日

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