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老人の夢と孤独Ⅻ


ただいま。(午後3時頃だ。)
お帰りなさい。
(レジ袋からタッパを取りだし水洗いする、日本酒の空き瓶はビンのゴミ袋に入れるG。老妻がその様子を見ている。)
何か、良いことがありましたか?
うん、人生の目的は挽回と逆転だそうだ。
その・・・お友達の、孵化しない芋虫さんは、何を失ったんですか?
さて・・・。
だって、挽回する、逆転するって失ったからそうするんでしょ?
そうだなあ・・・。
・・・何を失ったんでしょうね。興味深いわ。
そうか?
・・・持ったことがないものを欲しがっているのかしらね・・・。
『欲しがりません、死ぬまでは』って言ってた。
インパクトがあるわ。どこかで聞いたことがるあような言葉ですけど。
俺もそう思ったよ。
お父さん、無い物ねだりは良くありませんよ。
そうだな。・・・よく解らない・・・失ったのかもしれないし、はじめから持っていないものを欲しがっているのかもしれない。


(老妻が夕食の用意を始める。それを見て、2階の自室に行くG。PCとタブレットを開き、飲酒と喫煙。)

一人暮らしも、なかなか辛いもんでなあ・・・。曇天の昼に昼食の用意をしてるとなあ、涙が出るよ。
そうですか。
まあ、こうして君と飲んでいると気が紛れる。
先輩は、何を取り戻そうとしているんですか?
・・・自分自身かなあ・・・。
出来そうですか?
うん、これがなかなか厄介でね。

(老人との会話を思い出しながら、PCに向かう。タイトルに『公園日誌』とある。週に1編づつ書き溜めているものだ。1600字程度の記事だが、100編を超えた。最近は、金曜日にまとめ、土日に次の週の分に取り掛かることにしている。)
ーーーーーーーーーー
『公園日誌XXX』
隣町のしいのき公園で老人に会った。公園神の会への入会を検討しているとのことで、スマホで写真を撮りメールで送るという手順を、二人で確認した。
その後、彼の家で軽く飲んだ。妻が用意してくれたジャガイモの煮っ転がしと金平牛蒡をつまみながら。
ーーーーーーーーーー
(数行をタイプし、タバコに火をつけて画面を見ていると、妻がノックする。)


(妻がドアを開けると同時に、タバコをもみ消すG。)
お父さん、気遣いは要りませんよ。
(妻が背後に立ち、両肩を軽く揉む。)
ああ、ありがと。
ちょっと様子を見に来たの。鬱傾向の強い芋虫さんが、どうしているのかなと思ってね。
大したことはしていないよ。
そう・・・何か書いているの?・・・『公園日誌』?・・・面白そうね。
それほどでもないよ。
読んでも良いですか?
うん、まだ書き始めだけど。
・・・良いわ。・・・私の料理のことも書いてある。
まあ、事実だからね。
あなたは、事実を書きたいの?
そういうわけじゃないんだがね。
事実以外に書くことがあるの?
そうだなあ、夢や幻を書くのはどうだろうか?



夢や幻を書くことに、どんな意味がありますか?
うん・・・。
事実と夢や幻の違いってなんですか?
さて、なんだろうね。
解らないの?
・・・・・・。
いけない・・・議論するために来たんじゃなかった。夕食の用意が出来ましたよ。
ああ・・・。
それにしても、この部屋、タバコ臭いし散らかってるね。
なかなか片付かなくてなあ。
全部、捨てれば良いのに。
いや、高価なレア本もあるし・・・。
・・・さあ、行きましょ。階段降りる時、気をつけてね。
(左手を壁に、右手を手摺に添えてゆっくりと階下に降りるG。老妻が続く。「お父さん、老けたなあ」と思う妻。)
(居間のテーブルに着くG。)
お父さん、ビールにしますか?・・・それとも芋のロック?
芋のロックかな。
はい。私はビールにしようかな。


(夕食のテーブルにメカジキの照焼きが。)
母さん、俺、昨夜夢を見たよ。
どんな夢なの?
メカジキの照り焼きとサバの塩焼き・・・。
食べ物の夢ですか?
そうなんだ・・・食いてえなあと思ったよ。まあ、夜なんで我慢した。
そうですか。では、明日はサバの塩焼きにしましょうかね。
うん。
(満足げな表情でビールを飲む老妻。Gは芋のロックを飲み続ける。)


(だいぶ酔ってきたG。)
お父さん、私のベッドで横になりなさい。
ああ、そうするよ。少し飲み過ぎたようだ。
(妻に付き添われ、ベッドに横たわるG。様子がおかしい。横向きになり、両腕を胸の前でクロスし、体を丸めている。)
どうしました?・・・怖いの?
うん・・・。
大丈夫よ。・・・背中を摩りますか?
・・・・・・。
夫の背中を摩りながら、妻が話しかける。
ねえ、お父さん、『公園日誌』ってなんですか?
そうだなあ・・・なるべくゴールを先に・・・。
終わりが無いってこと?
・・・ゴールは、夢や幻の彼方に置く方が良い。
どうして?
ゴールが見えたら、人は歩むことを止めてしまうからだよ。止めてしまうより、盲目的に歩む方が良い。
なんか、難しいわね。
俺も、そう思うよ。心の問題は厄介だから・・・。
だったら、捨てちゃえば良いじゃない。
そうだなあ・・・。でも、心を捨てることは出来ないよ。
そうかしらね・・・お父さんなら出来るかも知れませんよ。
俺、それほどでも無いから・・・。

   令和5年11月3日

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