ファミリー #16

「どうして対話するのって、それはここにいてもいいよ、って伝えるため。僕はここにいるって、わかるため。そうなのかもしれないよ。」
 僕は、その一言を自分で言ったことで、深い暗闇を落ちていった底に、温かくて柔らかい青色の海に出会ったような気がした。僕は、優しい気持ちになって、涙が出た。
「うまく話せなくても、それが誰かの考えを深めるきっかけになるし、レインが迷っていることを教えてくれたから、僕は考えたことがない事を考えられたよ。
 レインが話してくれる体験も、僕にとっては知らないことだから、誰かの体験はみんな大事にしなければいけないんだと思う。だから、ここにいていいよっていうんだよ。
 ここにいていいよって、対話をして伝えてくれるんだと思う。僕は、だから、このおうちで、みんなから、ここにいていいよっていう勇気をもらっているから、生きてるんだと思う。
 生まれてからずっと。それが、僕が対話からもらった一番大事なものだよ。」
 僕は、話しながら暗い中の穏やかな海の温かさに浸っていた。その温度は、僕が夢の中で見た処理施設の浴槽のお湯によく似ていた。けれども、周りを遮る壁はない。海の底は柔らかく、僕の体を受け止めている。
 視界の底がぼんやり、青く光っていて、それがどこまでも広い空間を包んでいた。
「でも、そうはいっても私たちは完全に自由ではないと思うの。対話のルールでは、何でも話していい場所を作る事を目指しているけど、私は上手く話せない時がある。みんなはすごいなぁって思いながら、また不安になって、もやもやしながら話を聞いている。
 でも、ルールがなかったら、私たちは、私たちのふだんどおりに縛られてる。私はきっと、誰かがいないと考えられないの。」
 僕は対話をしている時の、すこし格式張った話し方とルールを思い出した。窮屈だけど、あの話し方が、いつもとは少し違う、対話の時だけの話し方を作っているんだと思った。もしルールがなかったら? 
 僕は、僕のまま、レインはレインのまま、モクはモクのまま、サマーはサマーのまま、イナモはイナモのまま、話すだろう。でもそれって、本当にみんなが話したいことなのか?
 レインの話は、暗い闇の底に浸っている僕のおでこに、その海から戻るための糸をゆっくりと垂らしてくれているような気がした。その糸は、金色に光っていてキラキラと、戻ってきた道に向かって揺れている。
 僕は、この海から帰れると思った。どれだけ、安心でいられる場所にも、たどり着くための道と、帰るための道があるんだと思った。そして僕はその糸をつかんだ。
「レイン」
 僕は、レインの手を握って、それから手の指の形と温度を確かめた。それは思っていたよりも冷たくて、小さくて、そして柔らかかった。僕はそれも知らずに、生きているところだった。
「今、もう明日になったような気がする」
「うん。私もそんな気がする。」
「レイン、お誕生日おめでとう。」
「うん。ありがとう」
「レインが、生まれてきてくれてよかった」 僕はそう言った。レインが僕の手を握りしめてくれた。  

(了)

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