#23 ともだちの定義なんて
気の合う友達と、久しぶりに会って
ウキウキるんるんで帰ってきた土曜日。
友達の定義って何だろう なんて、
思春期真っ只中の時は友達の概念に悩まされていたな〜
って思い出した。
中学生くらいまでは、友達は近所に住んでいたし
友達事情は良くも悪くも保護者の周知の中にあって
天邪鬼で人の目ばかり気にしていた私にとっては窮屈だったなぁ。
解き放たれた高校生からは、
驚くほど私生活で会う友達は少なくなって。
それでも、気を許せる人と友達でいられる
それだけで良いことがとても楽になった。
何もしていないのに巻き込まれ体質だから、
クラスで1番仲良くしていた友達と仲良くできないようにされたり、
クラス替えした先で友達になった子と、
仲良くしているのがバレないように休日に遊んだりしていた。
何もしていないのに巻き込まれるから、
何も反撃しないでいたのが
きっと相手にとっては癪に触っていたんだろうなぁ。
大学生になってからも、仲良くなった人としか
一緒にいないのは決まっていて
あぁ煩わしいのが苦手なのねぇ
って自分の中で納得していた。
(煩わしいの範囲がきっと極端に広いんだと思う。)
そう言う人あるあるかはわからないけど、
4人以上のグループは本当に好んでいなくて。
社会に出て何年も過ごしているけれど、
今もつながっている大切な人たちはほとんど一対一で会う。
で、それぞれの人と会うときに存在している私も
きっと、いやそれぞれに違っていて。
それでも、そのそれぞれは全て隠すことなく
私のありのままだなぁと思う。
共通しているのは、
価値観を共有できて
苦しいも面白いも楽しいも伝えたくて聴きたくて
相手の幸せが本当に嬉しくて
おばあちゃんになってもこうして会っていたいね
って会うたびに伝えたくて
そんなところ。
そう思える人たちと一緒に時間を過ごすことができるのを、大切にし続けたいなぁ。
そんな人たちの存在が、
時を重ねる中で色んなことを"そんなこともあるよね〜"
と受け止める事のできる自分がいるのかもしれないなぁ。
変わらないものやことが無いように、
きっとこの先変わっていく関係性もあるんだろうけど、
その時大切だと思うことをきちんと大切にできる視点を持っていたいなぁ。
とか、さも意欲的な人みたいなことをつらつら書いているけれど
昨日も永遠におしゃべりをして、
ぐだぐだ言ったり、
どうなっていたいかうっすらぼんやり言ってみたり、
あっという間に大きくなる友達の子供に癒されたり、
そんな他愛もなくて、特別でもない時間を過ごした。
私と友達は、ランチのメニューに散々悩んだ挙句、
2択に絞った内容も、結局決めた内容も同じで
添えられていたトマトは静かに残していて
どこまでも、どのタイミングでも
"そう言うところだよね〜"なんて笑いながら
この先もきっと友達で居続けるんだろうなぁと思った。
そんな、心地よくて安心する場所をくれる私のお友達だちよ。
これからも、この先も、どうか仲良くしてください。
それがいちばんの贅沢だよな〜。
fin.
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