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女子高生の私がとあるジジイと戦った話


私の高校の周辺は変なやつの目撃情報が絶えず、常に迷惑な賑わいを起こしていた。

中でも一番印象的だったのは、朝高校へ行く途中のバス停に高確率で出没する1人のジイさん。
外見は白髪で細身、ダルダルの皺の寄った皮膚に曲がった背中という百点満点なジイさんなのだが、こいつがかなり迷惑だった。

何故ならこのジイさんは登校する学生に向かって


「女は黙って英数国!女は黙って英数国!」


と叫び散らかすのだ。

どうやら女の学生は英語と数学と国語さえやってればいい、という旨を物申したいらしい。某芸人の餅つきネタを彷彿とさせる程よく韻を踏んだこのワードは確かに口ずさむには心地良く、気持ちは分からんでもないが内容が内容である。見ず知らずのジイさんに言われる筋合いは毛頭無い。

しかしこのジイさんは雨の日も風の日も、私たちに向かって

「女は黙って英数国!」

と叫び続けた。
いつしかこのジイさんは「女は黙って英数国ジジイ」と呼ばれるようになり、私たちの注意するべき変人としてブラックリストの仲間入りを果たした。

直接的に手を出される事はないのだが、ある一定の距離を保った上で浴びせられる罵声に最初はひどく戸惑った。
しかし人間はどんな環境でも適応してしまうよく出来た生き物で、次第にジジイの奇声も朝を告げる鶏のコケコッコー程度にしか聞こえなくなった。そして学生たちは皆、誰から教えられた訳でもないが「あのジジイに関わってはいけない」と察し、反応の素振りを見せず無視を決め込んだ。

穏やかな日常に溶け込むジジイの罵声。
私たちはそういう世界で生きていた。



ある朝。

通学にバスを使っていると珍しく女は黙って英数国ジジイが乗ってきた。車内で鉢合わせるのは初めてである。後部座席の一番最後のシートに座る私たちを見つけるや否や、ジジイは私たちの前に立ち塞がった。

ジロリ、ジジイの目が舐めるように私たちを見る。

私は咄嗟に感じた。



『来る』



「女は黙って英数国!女は黙って英数国!!!」


ジジイとの長年の付き合いが生んだ野生の勘は恐ろしく的中した。ヤツは座った私たちを見下ろしながらいつものように叫び出した。今までは道を挟んで遠くからの罵声だったのでそこまで気にならなかったが、間近で聞くそれはまさしく「騒音」と呼ぶに相応しい。
今まで静観していた私たちも流石に「何でジジイにこんな事を言われにゃならんのか」と腹が立ってきた。


すると隣に座っていた友人がもう我慢ならんと
立ち上がり

「どれも出来んわ!!!!!!!!!」


と叫んだ。
私も驚いたが、彼女には一言一句同意だ。私たちはジジイのいう英数国でさえ、満足に出来ない。

女は黙って英数国ジジイは反撃されるとは夢にも思っていなかったのだろう。ゴニョゴニョと何か呟いたと思えば、私たちの前からスッと離れていった。



勝った。

女は黙って英数国ジジイを完封した。
清々しい気持ちでバスを降りた我々は彼女の勇姿をクラス中に広め、そして讃えた。もうジジイに怒鳴られる事はないと思うと最高の気分だった。

平和な日々を勝ち取る為には剣を取り立ち上がるしかない。ジジイはそれを私たちに伝えたかったのかもしれない。

次の日の朝。


「女は黙って英数国!女は黙って英数国!」

いつものバス停で何事もなかったかのように叫ぶジジイがそこに居た。ジジイにとっては女子高生からの一撃なんぞかすり傷にもならなかったのだ。


女は黙って英語、数学、国語だけしてればいい。
あの使命感に駆られるように吼えるジジイの姿を見ると、あの言葉の裏には何か私たちに伝えなければならない特別なメッセージがあるとさえ感じた。
そして煌々と命を燃やすジジイを見て、私たちは戦いの剣を捨てた。

あれから10年経つが、あのジジイは変わりないだろうか。もしこのエッセイを目にする機会があればまたあの元気な声で叫んで欲しい。

「女は黙って英数国」と。

いただいたお気持ちはたのしそうなことに遣わせていただきます