これってさぁ!誕生日のお祝い…ってコト?!
先日我が家に1つの段ボール箱が届いた。
送り主は既に分かっている。友人のマミとミクだ。彼女たちは高校の同級生で、かれこれ15年近い付き合いになる私の心の友だ。転職したり結婚したり、各々が新たな人生を歩む中でもこうして変わらず縁が続いているのはありがたい。
この小包の中にはどうやら彼女たちから私への誕生日プレゼントが入っているらしい。私の性分に従うのであれば、届いてすぐクリスマスツリーの下でプレゼントを発見したキッズのように箱をむしりたい所だがそれはできない。
何故なら2人から
「絶対に私たちとビデオ通話しながら開封して」
とのお達しがあったからだ。
「本当なら会って直接渡したかった」
と悔しそうに何度も繰り返す2人。幾度となく3人で会う約束は立てていたものの、このご時世なので泣く泣く見送り今日に至っている。いったいこの段ボール箱に何が入っているというのだろうか。
去年の一件があるのでただ手放しに浮かれることもできず、例の段ボール箱は我が家の居間の端で不気味な緊張感を放っていた。
「よし!今日ね!今日の夜通話しよう」
予定を合わせて開封の日が決まった。
約束の時間に合わせてスマホをセットする。グループのビデオ通話をかけると画面にはパッと懐かしい顔が並んだ。
「久しぶり〜!」
画面越しではあるが、3人で顔を合わせるのは年末年始以来である。遠く離れた地に住んでいようと、こうも気軽に顔を合わせられるとは。文明の進歩に感謝である。
しばらく和気藹々と近況を話した後、ミクが姿勢を正してコホンと咳払いした。
「えー、それでは今からエムコの誕生日プレゼントの開封の儀を行います。絶対に“私の言う通りの順番で”開けてください」
この妙に神妙な雰囲気と2人のニヤニヤとした悪い顔が去年の一件を彷彿とさせる。私はゴクンと生唾を飲み込み、段ボール箱を開けた。
段ボールの中には小さな箱や紙袋がパズルのようにピッタリ配置されていた。神経質なミクの仕事ぶりが発揮されている。
「まずは本当に嬉しい誕生日プレゼントからです。1番上にある袋を開けてください」
“本当に嬉しい”誕生日プレゼントがある、ということは同時に“嬉しくない”誕生日プレゼントの存在も確定したと同然である。この大きな段ボール箱の中に潜んでいるであろう後者の存在が頭から離れないが、大人しく言われた袋を開封する。
「なんやろ〜………ワ!これは、傘?」
1番大きな包みの中からは折り畳み傘が出てきた。
「そうです!これは“サンバリア100”という遮光率100%のめ〜ちゃめちゃいい日傘です!今は人気すぎて手に入らないんよ」
袋を開けて手にとると、なめらかで上質な木の持ち手と張りのある布地から、非常に良質な日傘であることが伝わってくる。極度の面倒くさがりで日焼け止めを塗るのが大嫌いな私には、これ以上なくありがたい品である。
「柄もかわいい!ありがとう!大切にする!」
「はい、それではここからが本当のプレゼントです」
突然真顔になる2人。ふと段ボールに視線を落とすと、まだまだ大量の封筒や紙袋が所狭しと並んでいる。この中に一体何が入っていると言うのだろう。
「これからは私たちがエムコにあげたかったプレゼントです。それでは白のビニール袋を開けてください」
ミクに言われた袋を探し、恐る恐る手に取る。
CDでもなく本でもないが、それと似た固くて薄いものが入っているようだった。
私は意を決して袋からそれを取り出した。
「………ちいかわ実写化カレンダー…?」
ちいかわとは、白いクマのようなハムスターような「これ」とは明言しがたいビジュアルのなんかちいさくてかわいいやつが、ネコのハチワレ、うさぎといった仲間たちと共に作者の独自の世界観の中で日々を生きるナガノ先生作の日常漫画である。
しかしこのカレンダーに印刷されているのはどこからどう見ても人間だ。全身タイツに身を包んだ人間が顔面を白塗りし、ちいかわのペイントを施している。ちいさくてかわいいどころか、不気味でキモい。
「エムコ、それ誰か分かる?」
「え…………わからん…キモい…誰なん……これ…」
「ハァ?!私たちだよ!!!!!」
「エッッ??!!」
思わずカレンダーを3度見する。そんな馬鹿な…
いや、目の前には出会って14年、私の予想を裏切り続ける大馬鹿者たちがいる。カレンダーの表紙と2人の顔を見比べているうちに徐々に合点が言った私は声にならない叫び声をあげ、カレンダーを放り投げた。
「いや、何やってんの?!!!」
「アハハ」
動揺する私の反応を楽しみながら2人はケラケラと大笑いしてる。いや、本当に何をやっているんだこいつらは。放り投げたカレンダーを回収し、心を鎮めながらもう一度眺める。
見る人が見たら分かる、とんでもない手間のかかりようである。カレンダーは月ごとにちいかわの世界観に応じたデザインになっている。私はこれらに費やされたであろう途方もない時間を想像するだけで眩暈がした。
私が『ほんとにようやるな』の言葉を飲み込みながらカレンダーを眺めていると、とある疑問がよぎった。
「………ちょっと待って、ちいかわがミクでしょ。ハチワレがマミ。で、このウサギは一体誰な…」
私は最後の言葉を言い終える前に、嫌な予感が脳内を全力疾走した。いや、まさか。さすがに。どうか何かの間違いであってくれ。
「私の夫だよ」
何の悪びれもなく答えるミク。
私の祈りは通じなかった。おいミク、罪なき夫に一体何をやらせているんだ。
私がミクの優しい夫くんに心の中で陳謝しているとマミが口を開いた。
「ちなみにこの口を開けてない、しゃくれてる方のウサギは私の彼氏ね」
おいマミ、お前もか。
私が2人の爆弾発言に言葉を失っていると、2人はこのプレゼントの経緯を話し始めた。
「エムコがちいかわ好きだから、私たちがちいかわになったら嬉しいんやないかなって思って」
「う…うん!嬉しいけどさ…!」
「全身タイツと顔料を買って、ミクの家で撮影したんよ。編集も全部ミクね」
ちいかわが好きとは言ったが、まさか友達がその夫や彼氏までも巻き込んでちいかわ達になるとは予想外にもほどがある。そして何より、人生でいつかはやると決めていた全身タイツ+白塗りを友達に抜け駆けされるとは思わなかった私は、少しだけ悔しかった。
「たくさんグッズを作ったから、他の袋も開けてみてよ」
段ボール箱にギチギチに詰められていた袋たちの正体がやっとわかり、一つずつ手に取っていく。
中からはちいかわになった彼女たちが印刷された缶バッチ、シールの詰め合わせ、アクリルキーホルダー、クリアファイル、うちわまで出てきた。
どうかしている。
元デザイナーのAdobeスキルが遺憾なく発揮されたそれらは売り物と見まごうクオリティだ。無論、個人的に楽しむための非公式かつ非売品のグッズなのだが。
「…盛りだくさんすぎでは?」
「ちょっとやり過ぎた感は否めないので反省はしているが、後悔はしてない」
ドン引きする私をよそに、そう言い切る2人の表情は夏の空のように澄み渡っていた。何が彼女たちをここまでさせるのだろうか。私が尋ねると、
「私たちはエムコのおもしろ友人枠のトップでおりたいんよ、そこは誰にも譲れんの」
と答えた。年々エスカレートする彼女たちの悪ふざけに、まさかそんな理由があったとは。
真剣に語る2人には申し訳ないが、私だって負けてはいられない。マミとミクと、これから増える2人の大切な家族の笑顔のためならば、私も喜んで全身タイツに身を包む所存である。
マミはその後、この撮影時はまだ彼氏だったその人からプロポーズされ、婚約をした。彼女の友達の誕生日を祝う為に、初めましての人の家に上がり込んで全身タイツを身に纏い、顔面を黄色に塗ってくれる男である。大切な友を任せるにこれほど相応しい人はいないだろう。後日談だが、この時全身タイツから飛び出るもみあげが邪魔だから、と自主的に断髪までしたらしい。もはや優しいのか狂っているのかわからない。
マミと結婚するにあたって、今後このイカれた友達とも付き合っていくと決めた彼の覚悟の強さは言うまでもない。その大きなおおきな懐で、これからもマミを温かく包みこんでほしい。
今日も彼女とその夫達が映る手作りカレンダーは、我が家のリビングの1番目立つ所で大はしゃぎしている。
楽しいことばかりではない毎日。襲い掛かる理不尽な出来事に、ヤダ!ヤダ!と泣いて暴れたくなるような時でも、この陽気なカレンダーがチラリと目に入るたび『生まれてきてよかったなぁ』と前向きな気持ちになれる。
それもこれも、子どもの頃からこうして変わらず私の友達で居てくれる、なんかおもしろくてかわいいやつらのおかげなのだろう。
いただいたお気持ちはたのしそうなことに遣わせていただきます