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インターネットと漫画が生んだ漫画みたいな話



「ネットで知り合った友達。一度も会った事ないし本名も知らないよ」


こう伝えると怪訝な顔をされた時代はもう昔の話になってしまうのだろうか。
この空前絶後のSNS全盛期において“ネットで知り合った友達”という存在はもはや当たり前になってしまったと思う。

私にも10年以上ネット上だけで交流している友達がいる。私の卒業、就職、退職、結婚と人生のあらゆる節目を見送り、祝福してくれた大切な友人の1人だ。私が悩んでいる時には、顔を合わせていないにもかかわらず何かを察し連絡をくれる。彼女は言葉にするのも難しいような自分の思いを本気で伝えてくれるので、その熱量に救われたのは1度や2度の話ではない。会ったこともないし本名も知らないが、私たちの関係に名前をつけるなら“友達”しか当てはまらないのだ。

ネット上での出会いが発端で起きる悲しい事件の数々を思えば決して全てを手放しに肯定は出来ないが、人生に不可欠だったと断言できるような素晴らしい出会いが存在するのもまた否定できないと思っている。



ちょうど1年前、私はネットでひょんなご縁から漫画のプロアシスタントさんと知り合った。年齢はかなり離れているがそんな事は互いに気にもならず、おしゃべり好きという共通点もあってすぐに仲良くなった。
彼は28年という年月を全て漫画に捧げ、その腕の技術一本で生計を立てるまさにプロの職人だった。私が幼少期より親しんでいた漫画の数々にも携わっていて、その技術の凄まじさを言葉に起こせる程の文章力が私に無いのが非常に悔やまれる。

彼は常々「漫画の技術を伝えたい、漫画家を目指す若い子たちの力になりたい」と語っており、私はその思いにグッと胸を打たれていた。貴重な技術はどんな形であれ後世に残されるべきだと思うが、それは教える側と学ぶ側の両者の情熱が噛み合わない事には始まらない。漫画家になりたいという夢を持つ人は大勢見てきたが、その夢を応援するために惜しみなく技術を伝えたい思う人と出会ったのは、彼が初めてだったのだ。


そんな彼が漫画家を目指す人たちに技術を教えるプロジェクトの中で出会ったのが、当時22歳の若き漫画家志望の男の子だった。

彼の絵の技術は元々高く、私は「スゲェ〜」と子どものような感想しか言えなかったが、彼は技術よりもなによりも志が高かった。学ぶ姿勢は謙虚だが常に食らいつくようなガッツがあり、言われた事を吸収し自分の力に変えて更に強くなっていく様は少年漫画の修行シーンのそれと重なり、見ているこちらが何故か手に汗を握ってしまった。彼とも会話を重ねる中でいつの間にか仲良くなった。

「絶対漫画家になれると思います」

彼の努力が形となって目に映る度に、私はバカの一つ覚えみたいにこの言葉しか出てこなかった。絶対なんてない厳しい世界に飛び込もうとする彼に、漫画のマの字も分からない私が「絶対になれる」なんて無責任な事を言うのはお門違いも甚だしいのは分かっている。それでも直向きな彼の姿を見ると、この言葉は自然と私の心から溢れてしまっていた。
彼は燃える意思にそっと布をかけるように

「本当に漫画家になれたらいいですね」

と、私の言葉を穏やかに受け取った。柳のようにしなやかな人だと思った。


そんなやりとりが続いた数ヶ月後、彼が漫画家デビューするという大ニュースがアシスタントさん経由で飛び込んできた。数えきれないような縁の延長線上に叶ったと言うその吉報に、私は彼の夢が叶ったんだと1人家で飛んだり跳ねたり尻を振ったりして喜んだ。
  

衝撃の出来事はまだ続く。

「教え子の漫画家デビューの力になりたい」

そのアシスタントさんは今まで続けていた他の連載漫画の仕事を降りて、彼の漫画のアシスタントになる事を決めたと私に言った。彼は安定した生活を蹴り、夢を追う若者の立役者になろうと言うのだ。先程も言ったが「絶対」が無い世界において、これはとんでもない決意である。

大ピンチの主人公の元へ師匠が駆けつける少年漫画のアツい名シーンを彷彿とさせるその一連の流れに、ただの傍観者の私は身震いした。
こんな作り話のような出来事が実際に起こっているのだから、現実は小説より奇なりとはよく言ったもんである。


漫画家を志す彼は、奇しくも同じ年齢の才能あふれる新人原作者さんとタッグを組み、晴れて作画担当として漫画家デビューをした。

ここに至るまでの奇跡のような出来事の連続に、私は一本の映画を見ているような興奮を覚えた。そして連載されている漫画を読む今も、その興奮は続いている。
世界観を構築する美しい背景、先の読めないストーリー、瑞々しく描かれる登場人物の心情。全てが化学反応を起こして一つの作品となり今、私たちの手元に届いているのだから。


漫画家となった彼は今やもう立派な先生だ。

「僕は何もすごくないんです。全部周りの人のおかげなんです」

そう語る彼は、以前と変わらず謙虚な青年のままだ。
彼の佇まいや言動からそれらに嘘が無いことが伝わるのが、彼が周りの人から愛される理由なのだろう。

「あなたが居たから今の私がいる」
「今の私がいるのはあなたのおかげだ」

そう思える出会いが果たして人生の中でどのくらいあるのだろうか。本当の自分の力を発揮出来るようになるのは、そういった希少な出会いの末だと私は思う。
今私たちの目に映る1人の人間の向こう側には、その人を導いた多くの人々の姿があるのを忘れないようにしたい。それを痛烈に感じさせてくれた彼らとの出会いもまた、私にはかけがえのないものなのだ。


夢を掴み取ったのは間違いなく彼らの努力であると言う一言に尽きるが、それを支えている影のヒーローたちの存在にも目いっぱいの賞賛を送りたい。



そんな彼らの会心のデビュー作のタイトルが、
「アンサングヒーロー」であることは、一連を傍観していた私にとってはまさに運命としか言いようのない話で、私は傍観者としてその興奮を、文章にせずにはいられなかったのだ。
 

【アンサングヒーロー】
…記録にも残らず賛美されるを場をもたない陰の殊勲者

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