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欠落したなにかへのリハビリ

お久しぶりでございます。
いつの間にか5月になっていましたね。

久しぶりに更新するのですが、今回はただわたしの感情を垂れ流すだけになってしまうと思います。

しかもたぶん構成はめちゃくちゃです。
ごめんなさい(まあ、読まれている方はいないと思っているけれど)。



わたしはと言いますと、出演した舞台も無事に終わり、大学もきちんと卒業できました。

そこからは文字通りぽっかりと穴の空いたような、なんにもない日々を過ごしています。

ただ求められた場所で、今までと同じようにアルバイトとして働いてるお給金を頂いて、家事を行うだけの日々。

特に舞台が終わってからは他人と関わる機会もぐんと減り、発声練習以外で口を開くことがほとんど無くなってしまいました。


だからなのか、なんなのか。

最近は感情がうすっぺらなものになり、なんならいくつかは欠落していってしまったようなのです。

喜怒哀楽どれもがぺらっぺらで、たとえば誰かの発言に対して何らかのアクションをする際に、「あ、笑わなきゃ」だったり「今はきっとイラッとした反応をすべきだ」という思考が先行してしまう。

おそらく、その思考がなければその場には能面のような表情のわたしが存在してしまうことになるでしょう。

そしていちばんこわいのが、この事実に対してなんの感情も抱けていないこと。

普通は焦ったり、なぜだろうと考えたりするんでしょうけれど、今のわたしにとってはそれを考えることがもう億劫。

まぁ、いつか元に戻るだろうと考え続けて、気づいた時にははや半月という有様です。

そして感情がモノクロームの状態で芝居が出来るはずもなく、次はどうしたいかというビジョンが全く見えてこない現状。それに焦りすら抱けない。

どうしたら良いのか、途方に暮れることはできたのでしばらくそうしていました。




そんな今日、前の座組の中から全国区で活動するひとが出たという情報が流れこんできました。

そして、同じくその舞台に立ったひとの中から4人がその劇団に所属したという情報も。


ほんとうなら、きっと悔しい気持ちが出ているはずなんです。

わたしだけ揺蕩っていて誰からも必要とされていない現実をこうも目の当たりにして、このわたしの性格上マイナスの感情が出てこないわけがないから。


でも、それでも、やっぱりなにも感じられませんでした。

それぞれ該当するひとたちにはおめでとう、とは伝えたけれど、それも膜に包まれたようなうっすらとした感情の気配をかろうじて感じたから伝えられただけでした。

それがすこし寂しいような感覚にはなりました。

でもとりあえず今言えることは、わたしの感情たちは家出してしまったようだということ。

いつ帰ってくるのかも、果たして帰ってきてくれるのかもわかりません。

上っ面の感情でも、きっとアルバイトをこなすくらいなら出来てしまうでしょうし、そこまで問題はなさそうだと判断はしています。

でも、はやく帰ってきて欲しいと強く思います。


だいすきな芝居をもっともっと続けるためには、心身ともに健康に日々を過ごすことがいちばん大切だから。

毎日を繰り返し過ごす中でも、芝居に生きてくる部分というのはそんな何気ない日々にたくさん埋もれているんです。

それを吸収して成長したいのに、このままだと一日一日がものすごく勿体ないことになってしまう。

わたしには時間がないから、早く帰ってきて欲しいのです。


おそらく、不安定すぎる現状に精神的なストレスを強く感じてこうなっているのではないかとは思います。

でもそんな不安定から抜け出すためには、なんとかしてここから、無感情の状態から脱出しなければならない。

そのためにはなにをすればよいか。
久しぶりにがんばって考えました。

その結果、とりあえずいまの自分にできることが、noteを更新して感情や思考回路をアウトプットすることだという答えにたどり着いたのです。

誰にも吐き出せない現状を、いったん文字化して整理する必要があると思いました。

だから今日、更新させてもらったのです。

アカウントを春先に作成しておいてよかった。

いまの精神状態では、きっとアカウント作成もおっくうになってアウトプットできず、もっと塞ぎ込んでしまうことになっていただろうから。

書いている今はすべてが良いふうにすこし落ち着いていて、あぁ、私にとって文字化することは大切なことなんだなぁと感じています。



もしかすると、GW期間はちょこちょこ短文で更新するかもしれません。

もしまたわたしを見かける機会があれば、「あ、今日もリハビリがんばっているんだな」というふうに見ていただけたらと思います。


ぼちぼちマイペースに元に戻してゆきたいです。
それでは。

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