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バラの香りに魅せられて

 いつの頃からか、バラの香りに惹かれるようになった。幼い頃、親が鉢植えのバラを育てており、花が咲くと切り花にして学校に持たされていた。他にも花が咲く植物はあったのに、学校に持たされたのはバラの花だけだった。それで、幼心に、バラの花は特別なんだという思いが芽生えた。その鉢植えのバラの花に香りがあったのかどうかは、残念ながら覚えていない。

 香水に興味を持つようになって、バラの香りを模した香水が数多くあることを知ったが、10代〜20歳代前半にかけては、そのような香りを手に入れたいとは思わなかった。その頃は、バラの香りは自分には大人過ぎるように感じていた。また、単純に、バラの香りは高額だったような気がする。香りの印象も、お値段も、まさに高嶺の花と言えば良いのか。例えば、アニック・グタールのローズの香りや、セルジュ・ルタンスのサマジェステラローズ…あの頃、ピンときていながら、手に入れなかったローズ香水は幾つかある。
 
 20代半ばを過ぎて、自分に似合わなくてもいい、ちぐはぐでも何でもいい、どうしてもこれを纏ってみたいと本気で求めたバラの香りに出会い、購入した。フレデリック・マルのユヌ・ローズだ。これは、私にとって紛れもなくバラだと思えるお馴染みの香りがしつつも、それまで自分が接してきたバラ香水とは異なるアプローチの香りだった。それまでに知ったバラ香水の数は多くはなかったが、大体が華やかでパウダリーな、化粧品を湯水のように使っているゴージャスな女性を想起させる香りか、瑞々しくピュアな印象のホワイトローズかのどちらかだった。ユヌ・ローズは、そのどちらでもなかった。この香りからは、土の匂いが力強く感じられ、私は、男性が纏ってもおかしくないような格好良さを感じた。そこに、甘さが少ない、ややパウダリーで女性的なローズの香りが絡み、両性具有的な美しさになっていると感じた。ブーケではなく、土から生えている力強いバラ。これはどうしても手元に置きたいバラの香りだと思った。

 が、購入したものの、ふらふらと迷走していた、自分の個性をよく分かっていなかった、輪郭のはっきりしない自分は、この力強いバラの香りを持て余してしまった。はっきり言うと、香り負けしてしまった。今現在、購入してから20年経った50mlボトルの残量は、4/5程だ。つまり、20年で10ml程しか使っていないことになる。香りは特に変質したようには感じないので、今もたまに使っている。相変わらず、格好良過ぎて自分には似合わないなぁと苦笑するが、昔と違って今は、似合わなくたって好きなら使ったら良いじゃないかという開き直りがあるので、どんどん使っていこうと思う。

 それから幾つものバラ香水と出会い、纏ってみたいと思ったものは購入してきた。その一方で、ここ数年は、春と秋にバラの花の香りを嗅ぎに、時間が許す限りではあるが、神代植物公園のバラ園に足を運ぶようになった。ここでは、パパ・メイアン、ドゥフトボルケ、芳純、レディ・ヒリントンといった、バラ好きなら名前を聞いたことがあるであろう香り高いバラが一堂に会している。バラの名前を記した看板には、香り高いことで有名な品種であれば、それを知らせるマークがついており、親切だ。先に挙げた品種は、満開の頃合いに嗅ぐことができれば、うんうん、これぞバラの香りだよねと納得がいく、記憶の中の淑女から漂ってくるような、気高く濃厚な香りが楽しめる。レディ・ヒリントンに関しては、ティーローズなので、紅茶のような香りがする。

 それ以外に私が好きなのは、神代植物公園で生み出されたクイーン・オブ・神代や、ブルーローズ系のシャルル・ドゥ・ゴールやブルー・ムーン、名前からして香り高そうなブルー・パフューム、ムーン・シャドウだ。ブルーローズは香り高いとされているらしいが、本当に香りが強く、満足感の高いものが多かった。そして、私が一押ししたいのは、フレグラント・アプリコットという品種の香りだ。名前に印象が引っ張られているだけかもしれないが、バラというよりは、甘酸っぱいアプリコットのような桃のような香りがした。花の色も柔らかいアプリコット色で、見た目も香りもとても可愛らしい。

 で、当たり前のことかもしれないが、バラの花の香りとバラの香水の香りは別物だ。バラの香料の香りは持続性が弱いらしいので、香水にしてしまうと、儚すぎるのだろう。だから、香水としての持続性を保つために、バラのイメージを損なわないような、もしくは引き立てるような香料を入れるのだろう。
 私は、どちらの香りも求めている。本物のバラの香りも、バラを模した香りも、どちらも心に潤いを与えてくれる。贅沢を言えば、フレグラント・アプリコットやティーローズ系の香りそのものの香水が欲しいなぁ、とは思う。

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