【佐々木朗希のポスティング移籍容認】全ての元凶は「MLBとNPBの経済格差」/NPBが「移籍金ビジネス」に依存する危うさに警鐘を



千葉ロッテマリーンズが佐々木朗希投手(23)に対してポスティングでのMLB移籍を容認した、と発表しました。


佐々木朗希投手コメント
「入団してからこれまで継続的に将来的なMLB挑戦について耳を傾けていただき、今回こうして正式にポスティングを許可していただいた球団には感謝しかありません。

マリーンズでの5年間はうまくいかなかったことも多かったですが、どんな時もチームメート、スタッフ、フロント、そしてファンの皆さまに支えられながら、野球だけに集中してここまで来ることができました。

一度しかない野球人生で後悔のないように、そして今回背中を押していただいた皆さまの期待に応えられるように、マイナー契約から這い上がって世界一の選手になれるよう頑張ります」


私はマリーンズの決断を評価したいですし、佐々木朗希にはぜひ、MLBで成功してほしいと思っています。


しかしながら、ソーシャルメディアで観測する限り、マリーンズファンを含め、日本の野球ファンからは一斉に否定的な声が上がっています。

・「ロッテがいま、佐々木朗希にポスティング移籍を認めることは、得られたはずの移籍金を逃し、『大損』で愚かな選択だ」
・「ロッテの決定は、『悪しき前例』になる」
・「佐々木朗希が25歳までポスティング移籍まで待てないのは一選手のはわがまま」
・「佐々木朗希はシーズン規定投球回にも達したことも、優勝にも貢献していないのだから、『恩返し』してからMLBに移籍すべき」
・「佐々木朗希はMLBで中4日の先発ローテーションで投げられないだろう」


私はそうした声のすべてにはっきりと「的外れ」と言いたいと思います。
今回の移籍における本質的な問題は、こうした主張に含まれていないからです。

佐々木朗希と、ポスティング移籍を認めたマリーンズに対する疑問は以下の3つに集約されると思います。

疑問①佐々木朗希は本当にMLBで通用するのか?
疑問②佐々木朗希はなぜ、早期にMLB移籍を望むのか?
疑問③ロッテはなぜ、早期のポスティング移籍を認めたのか?


この3つの疑問に則しながら、日本のスポーツメディアや一部の野球ファンが持つ、「ポスティング移籍」についての「誤解」と「曲解」、そして、「ポスティングシステム」にまつわる本質的な問題について論じたいと思います。



疑問①「佐々木朗希はMLBで通用するのか?」



私は「佐々木朗希がMLBで通用するか、通用しないか?」という問いは基本的にナンセンスだと思っています。
それは佐々木朗希がMLB移籍する上で、獲得するチーム以外が考える必要のないことです。

何故なら、MLBのチームが佐々木朗希を評価しなければ、佐々木朗希はMLBのチームに移籍することはできないからです。

もちろん、佐々木朗希がMLBで通用するか、しないかを、野球ファン同士が井戸端会議でするなら結構だし、百歩譲って、プロ野球選手OBが自らの経験から自説を述べるのもやむなしとしましょう。

しかしながら、一人のアスリートが、ある環境で通用するから挑戦する、通用しないから挑戦しないというのは他人が言うべきことではないでしょう。

そもそも、アスリートというのは、自身の成功が約束されているから挑むものではないでしょう。

例えば、「五輪で金メダルを目指します」と宣言するアスリートに面と向かって、一般人が「無理だ」と指摘するようなことがノーマルな状態でしょうか?

NPBの選手が、MLB移籍を口にした途端、「通用する、通用しない」を世論が声高に論じ始めることには違和感があります。

疑問②「佐々木朗希はなぜ、早期にMLB移籍を望むのか?」



この疑問は佐々木朗希本人以外、答えようがありません。

とにかく、言えることは、佐々木朗希が1年でも早く、MLBの舞台でプレーしたい、と望んでいるということに他ならない、ということでしょう。

佐々木朗希自身、10代で東日本大震災を経験し、肉親も亡くしたことから、佐々木朗希の人生観に大きな影響を及ぼしている可能性はあります。
ですが、それは本人の口から語られるべきものであり、想像をさしはさむのはやめようと思います。

従って、他人から見て、「佐々木朗希はなぜ、早期にMLB移籍すべきなのか」について考察してみましょう。

「佐々木朗希はなぜ、早期にMLB移籍すべきなのか」3つの理由



理由①将来、確実にMLB移籍できる保証はない

佐々木朗希のポテンシャルはほとんどの野球ファンが認めるところではないでしょうか。
そして、日本の野球ファン「以上」に佐々木を評価しているのが、MLBのチームです。
おそらく、投手としての評価は、大谷翔平以上、というチームはあるかもしれません。

しかし、佐々木には故障のリスクがあります。
もちろん、私は専門家ではないので、断言はできませんが、彼は160キロ以上のフォーシームを投げることができる代償として、身体への負荷が相当なものだと想像されます。
おそらく、来季、ロッテで登板すれば、故障する可能性がゼロとは言い切れせん。

そうなった場合、「佐々木朗希」という投手の価値は棄損するかもしれません。
しかも、それは数十億円単位です。

日本の野球ファンの中には、「ポスティング移籍でも25歳まで待てば、ロッテに多額の移籍金が入る。それまで待てないのか?」という意見もあります。

25歳未満でのメジャー挑戦。現行制度では、移籍してメジャーの試合に出場することはできるが、マイナー契約しか結ぶことはできない。契約金も各球団で異なる「国際ボーナスプール」が定められており、制限されている。
来年1月15日以降に契約した場合には、米スポーツ専門局「ESPN」によると、契約金は最大でも750万ドル(約11億4000万円)。
マイナー契約の場合、ロッテに支払われる譲渡金は契約金の25%と定められており、187万5000ドル(約2億9000万円)となる。


「25歳ルール」まで朗希はあと2年。昨オフ、山本由伸が25歳となってドジャースと結んだ契約は12年総額3億2500万ドル(約465億円=契約当時のレート)だった。12年間プレーした場合、オリックスに支払われるのは約72億円。朗希はあと2年待てば青天井の契約を結び、ロッテにも還元できた。

メジャー契約選手の譲渡金は、契約総額の2500万ドルまでの部分の20%、2500万ドルを超えて5000万ドルまでの部分の17.5%、5000万ドルを超えた額の15%の合計となる。


後述しますが、現時点でMLBの各チームが持つ「国際ボーナスプール」の残り枠は実際は低く、もっとも大きいと言われるロサンゼルス・ドジャースですら、250万ドル(約3億7500万円)しかないとのことです。

例えば、今年12月15日までにドジャースとマイナー契約すると、佐々木朗希の年俸は250万ドル以下で、かつその場合、ロッテが得られる譲渡金は年俸総額の25%となり、75万ドル(9,375万円)程度になる可能性もあります。

従って、2023年オフの今永昇太の移籍金982.5万ドル、山本由伸の移籍金5,062.5万ドルと比較して、佐々木朗希の移籍金は著しく低く抑えられることとなり、このことが佐々木朗希がこのタイミングでポスティングでのMLB移籍を希望することや、マリーンズが容認したことに対して一部の野球ファンが「批難」する根拠の一つとなっています。

しかしながら、では、佐々木朗希が25歳になるまで待って、その間に故障したら、誰が責任を負うのでしょうか?

少なくともファンは責任を取れませんし、誰も責任は取れないのです。

そうなれば、佐々木朗希が25歳まで待った挙句、ロッテに移籍金が1ドルも、1円も入らない可能性だってあるのです。

逆に「ロッテに移籍金が入る」と主張している野球ファンは何を根拠にそう断言できるのでしょうか?

ですから、佐々木朗希はMLBのチームから求められている「いま」、移籍すべきなのです。
アスリートの選手寿命は3年後はおろか、1年後にすらどうなっているかすらわかりません。

そして、この「移籍金」の是非については後にしっかりと触れたいと思います。

理由②米国で最高のメディカルサポートを得られるという期待

そして、佐々木朗希が早期にMLBに移籍すべき理由は、もう一つありそうです。
それは、「米国のMLBのチームに在籍すれば、世界最高レベルのメディカルサポートが受けられる」であろう点です。

佐々木朗希は25歳以下であるため、MLBのチームに在籍してもいますぐ破格の年俸を受け取ることはできません。
従って、佐々木朗希がMLB移籍するモチベーションに「金銭」があるとは考えにくいわけです。

私に言わせれば、ここに佐々木朗希の「決断」の理由が隠されていると思うのですが、日本のメディアや野球ファンがこの点にフォーカスして論じることが少ない気がします。

おそらく、佐々木朗希にはMLBで早く活躍したい、という気持ちの他に、自らの故障がちな身体を鑑みて、できるだけメディカルサポートを得たいと思っているはずです。

もちろん、佐々木朗希がMLBに移籍してプレーすることで故障のリスクが減るわけではありませんが、日本にいるよりも、高度なメディカルサポートを得られる可能性が高いことを理解しているのではないでしょうか。

果たして、MLBのチームとの契約の付帯条項に、メディカルサポートが含まれるかは定かではありませんが、佐々木朗希が望むのはおそらく、「年俸」よりもそちらだと、私は推測します。

理由③移籍先で意中のチームが決まっている

3つ目の理由は、

佐々木朗希の意中のチームがすでに決まっている」という可能性が高い点です。

佐々木朗希の移籍先については様々な報道がなされていますが、ロサンゼルス・ドジャースが有力視されています。

ドジャースは「インターナショナル・ボーナス・プール」の枠を最も余らせていると言われており、客観的にも有利な状況にあります。

佐々木朗希の希望する移籍先が本当にドジャースかどうかは分かりませんが、つまり、「25歳ルール」を逆手にとって、意中のチームを選ぶことができるわけです。

逆に佐々木朗希が25歳まで待つと、ドジャースも編成上、佐々木朗希を獲得するかどうか「心変わり」するかもしれません。



佐々木は「25歳ルール」が適用されるため、MLB球団とマイナー契約しか結ぶことができない。契約金はインターナショナル・ボーナス・プールによって制限され、各球団には年間500万~700万ドル程度が割り当てられており、今年獲得したこのルールに該当する選手の全契約をこの範囲内に収める必要がある。

今年の契約期間は1月15日から12月15日までで、多くの球団はこの枠の大半をすでに他の選手に使用しており、ESPNによれば最も枠を残しているのはドジャースの250万ドル(約3億7500万円)。よって、12月15日までに契約する場合は、金額的にもド軍が有利とみられる。

来年度の契約期間は1月15日に始まる。年度が変わればボーナス・プールがリセットされるため、1月15日以降に契約すれば今年よりも契約金が高くなると予想される。
ポスティング申請の期限は12月15日までだが、45日間の交渉期間があるため、12月中に申請すれば1月15日以降に契約することが可能となる。


疑問③「ロッテはなぜ、早期のポスティング移籍を認めたのか?」



逆に、千葉ロッテマリーンズの立場で、早期のポスティング移籍を認めたかを考えてみましょう。

前述の通り、NPBのポスティングシステムは、ポスティング移籍を希望する選手が在籍するチームが容認しない限り、移籍できないことになっています。

NPBのチームによっては、在籍する選手のポスティング移籍を全く認めない、というチームも存在します。

このポスティングシステムがなぜ生まれたかを詳しく説明はしませんが、要するに、NPBの選手が海外FA権を得られるまでの期間が長いが故に、その妥協の産物として生み出されたものであると言ってようでしょう。


では、改めて、千葉ロッテマリーンズはなぜ、佐々木朗希の保有権を手放すという決断をしたのでしょうか?


それでも最後は本人の熱い思いに球団が折れる形となった。入団時から代理人を通じてメジャー挑戦を要望し、昨オフは初めて契約を越年。
入団時にはメジャー移籍を前提とした“密約”がささやかれたが、松本球団本部長は「これは実際、本当にない」と強調した。
ポスティングは選手ではなく球団の権利。同本部長は「総合的に判断した」と繰り返したが、ロッテにとっては理想的な結末になったとは言いがたい。
(ロッテ担当・竹内 夏紀)


マリーンズがこの時期に決断した理由の一つは、球団の総意として、純粋に在籍した選手の希望を叶えたい、寄り添いたいという意向を反映したもの、というものです。

前述の記事の通り、マリーンズ球団の松本本部長は、佐々木朗希の入団時における「密約」を否定しています。
そして、その真偽を明らかにすることは私にはできません。

どんな経緯であれ、ひとつ言えることは、事実として、マリーンズはその意思決定と引き換えに、佐々木朗希という傑出した投手の保有権を失うということです。

一方で、前述の通り、マリーンズとしても、もはやこれ以上、佐々木朗希のフィジカルに責任を持てない、と考えているとしても不思議ではありません。

千葉ロッテマリーンズの年間の売上は非公表ですが、同じパ・リーグの福岡ソフトバンクホークスは2023年度の売上は350億円程度です。

もし佐々木朗希がこのまま大きな故障がなく、25歳以降にMLBのチームと長期契約を結べたとすれば、その報酬はおそらく数百円規模のものになります。
つまり、ホークスの年間売上に匹敵するか、それ以上の規模の巨額な契約になります。

果たして、佐々木朗希が25歳になるまで、あと3年間、マリーンズは佐々木朗希を故障させることなく、投手として運用することができるでしょうか?

これはマリーンズにとって非常に難しいミッションです。

もしこのミッションに失敗すれば、佐々木朗希が将来、得られるであろう巨額の報酬も大幅に減額され、マリーンズが得る「移籍金」も水泡に帰すことは想像に難くありません。

マリーンズファンの中には、

「佐々木朗希はMLB移籍をあと2年待てば、マリーンズに莫大な移籍金が入るのに、育ててもらったチームに対して『恩知らず』ではないか?」


という主張をする人もいます。

これはマリーンズファンだけではなく、他のチームのファンからも聞かれます。
また、一部の野球ファンからは、

「佐々木朗希をやすやすと手放したロッテ球団は、株主訴訟もの」


という主張もありました。

しかし、果たして、マリーンズが将来、「得べかりし利益」を失ったという証明はどうやってするのでしょうか?


繰り返しますが、前述の通り、佐々木朗希が25歳になった時に、MLBのチームから佐々木朗希に対する評価がどうなっているか誰にも分かりません。

ですから、数年後に莫大な移籍金が入る、というのは「皮算用」であり、「画に描いた餅」に過ぎないのです。

そして、こうした「経済的価値」の問題以上に、「移籍金」そのものが持つ危険性について後で論じたいと思います。



もう一つ、日本の野球ファンが懸念していることで、マリーンズが佐々木朗希に「異例」ともいえる早期のポスティング移籍を認めたことで、

「今後、NPBにドラフトされた選手が、指名されたチームに対して、『将来のポスティング移籍を認めることをOKするなら入団する』と主張し、チームがそれを認めざるをえなくなるのでは?」


ということを主張する人がいます。

その通りだと思います。そういう選手は増えるでしょう。
しかし、いまのNPBと12球団に、それを防ぐ手立てはあるのでしょうか?

仮にNPBのチームがOKしなければ、最悪、その選手から指名拒否をされて入団しない、という事態に陥るだけです。

もしかしたら、佐々木朗希が入団交渉時にマリーンズに対してそういう主張していたとして、マリーンズ側が「覚書は結べないが、早期のポスティング移籍の容認について善処する」と回答していたかもしれません。

ですが、NPBと12球団に、それを防ぐ手立てがあるとすれば、それは「NPBをMLBよりも魅力あるプロリーグにする」ということだけかもしれません。

一方で、一部の野球ファンの中には、

「佐々木朗希は最初から高卒で米国球界を目指せばよかった」


という主張もあります。

では、仮にもし、佐々木朗希がそういう選択をしていたら、どうなっていたでしょうか?

千葉ロッテマリーンズは2019年ドラフト1位の指名権を無駄にし、「マリーンズ・佐々木朗希」は誕生しませんでしたし、5年間で64登板、29勝という成績も、2021年のNPB史上最年少の完全試合の達成もなかったでしょう。

さらに佐々木朗希を目当てでZOZOマリンスタジアムに足を運んだファンも、佐々木朗希のグッズを買い求めたファンもいなかったことになります。

そして何より、佐々木朗希がマリーンズに入団していなければ、それ以降のマリーンズのチーム成績はもっと低迷していたかもしれません。

さらにいえば、NPBの打者たちは、佐々木朗希という世界レベルでも最高峰の才能を持った投手をNPBで対戦することもできず、ファンもその対決を観ることができなかったことになり、NPBというリーグのレベルアップに貢献できなかったことになります。


結論として、佐々木朗希のマリーンズ入団は、マリーンズに多大なる収益と、NPBに無形・有形な貢献をもたらしたのであり、チームもファンもむしろ佐々木朗希に感謝すべきだったと言えます。

従って、特にマリーンズファンで佐々木朗希に対して、言葉のつぶてをぶつける人は、どういう神経をしているのか正直、理解に苦しみます。

NPBからMLBへの選手流出のすべての元凶は、「MLBとNPBの経済格差」にある



そして、一部のNPBのファン、そしてプロ野球OBの評論家たちからも、

「このままだとNPBの一流選手が、MLBに流出し続けてしまう」
「NPBがMLBのマイナー組織化してしまう」


と懸念する声が高まっています。

これはNPBというリーグの将来を憂えての発想であり、発言でしょう。

残念ながら、その通りだと思います。
すでに「NPBはMLBにとって、有望な選手を供給するショーケース」となっています。

ですが、そういう懸念を持つファンや評論家の中で、もしも、

「NPBで通用してからMLBに行け」

という発想を持っている人がいたとしたら、その考えは自己矛盾を起こしていることに気づかないといけません。

その考えこそが、「NPBがMLBのマイナー組織化している」ことを認めているのです。

そもそも、すべての元凶は、プロスポーツビジネスとしてのNPBの市場規模が、MLBの市場規模に比べてはるかに小さく、それゆえに在籍する選手に桁違いの「年俸格差」があることに起因しているのです。

そのことが、MLBとNPBに「経済格差」を生み、プロスポーツリーグとしての「格」の差をも生むことになっているのです。

NPBに在籍した日本人プレイヤーがMLBを目指すのは高額な年俸という待遇もさることながら、MLBという”世界最高峰のリーグ”でプレーしたい、というアスリートとしての「本能」です。

これはWBCのような国際大会で、日本代表が優勝しても満たされるものではありません。
むしろ、日本代表に加わったメンバーはますます、MLB志向を強めることになるでしょう。
実際、日本代表選手の中には、WBCで国際大会を経験したことで、それまでMLB志向がなかった選手まで、MLBを目指すようになったという話を聞きます。

これを解決しない限り、「NPBの選手がMLBに流出する」というトレンドを食い止めることは絶対にできません。
ものごとに「絶対」はないと言いますが、「絶対にない」と言い切れます。

つまり、NPBが世界最高峰のプロリーグであり、かつ、NPBのチームが、選手たちにMLB並みの年俸を支払うことができていれば、このような選手流出は基本的に起きないのです。

これは他の業界で譬えるならば、学術の世界に近いでしょう。

日本人の学者の中には日本に生まれながら、大学あるいは大学院から海外で学んだり、研究したりする人が増えています。

なぜ、住み慣れた日本を離れて、海外に行くのか?
それは、海外のほうが、学術研究の環境も、得られる報酬も、日本のそれより明らかに上だからです。

NPBが、MLBに匹敵するくらいの環境と報酬をプレイヤーに与えることができれば、MLBへの選手流出を食い止めることができます。

しかしながら、MLBとNPBとの間で、これほどの「経済格差」が進行してしまった以上、それを覆すことは容易ではありません。

私はWBCで日本代表が「優勝」するたびに、日本代表の実力は「世界一」かもしれないが、NPBというプロスポーツリーグの「敗北」を思い知らされました。

一発勝負のトーナメントとはいえ「世界一」を獲得できる実力を持った選手たちに、NPBのチームは「世界一」の年俸を払ってやることができないのです。

すなわち、WBCで日本代表が「優勝」を重ねれば重ねるほどは、それはNPBという、日本の「プロ野球リーグ」の「敗北」を意味するのです。


NPBが「MLBのマイナー組織にはなりたくない」のにMLBからの「移籍金」は惜しがる「自己矛盾」と、プロスポーツリーグにおける「移籍金ビジネス」の危うさ




そして、本件に関して、最後にもっとも重要な問題提起をしたいと思います。

何より言いたいのは、日本の野球ファンが「移籍金」を当てにするというこの考えこそが、「NPBというプロスポーツリーグが、MLBに隷属し、そのシステムに依存、タダ乗りしている」状態であり、かつ、倫理的にも危険な発想であることに気づかなかければならないという点です。

前述の、一部ファンが主張する点ですが、

「佐々木朗希はMLB移籍をあと2年待てば、マリーンズに莫大な移籍金が入るのに、育ててもらったチームに対して『恩知らず』ではないか?」


では、逆に訊きたいのですが、NPBでプレーした選手がMLB移籍時に、古巣のチームに莫大な移籍金が入るという状況が果たして、「恩返し」という美談で語れるものなのでしょうか?

確かに、これまでポスティング移籍したNPBのプレイヤーの中にはその「置き土産」に莫大な移籍金をもたらした選手たちもいます。

しかし、その選手がたった10年足らず在籍したチームに、これまで選手本人が得た年俸の数倍の移籍金が支払われる事態が、果たしてノーマルな状態と言えるでしょうか?


例えば、あなたが会社員で、Aという会社に7年在籍して、退社してBという会社に転職したとします。

その際、A社が、
「おまえを育てたのはウチなんだから、B社は移籍金を支払え。しかもおまえの年収の数倍」
という主張したら、どう思いますか?

この発想は、「人身売買」に基づくのものです。

つまり、A社があなたを「商品」のように扱おうとしているのです。

それに輪をかけて、当事者のみならず、外野から「恩知らず」という罵声を浴びせられたらどうでしょうか?

現代の一般社会では明確に否定されている「奴隷制度」が、スポーツビジネスでは平然と許されているということに他なりません。

ここでサッカーに詳しい方は、「プロサッカーでは選手の移籍に『移籍金』が当たり前」と言うかもしれません。

しかし、最近になって、欧州司法裁判所は、こうしたサッカーの移籍金をめぐるFIFAのルールが、EU法に違反しているという判決(通称「ディアラ判決」)を下しているのです。



日本人メジャーリーガーの代理人も務めたことがある山崎卓也弁護士はこう書いています。

このように契約期間の途中で他のクラブに移籍した場合の違約金=移籍金が残りの年俸額であるとすれば、もはや1億ユーロ超えの移籍金も珍しくなくなった現在の移籍マーケットは根本から覆されることになる。選手の移籍金を大きな収益源とする南米やポルトガルなどのクラブのビジネスに大きな影響が出るほか、移籍金をもとにしたビジネスをしている代理人、移籍金の5%を原資とする連帯貢献金などにも大きく影響する。


ただ、元はといえば選手の移籍にそれだけの巨額な移籍金が発生すること自体がおかしかったとも言える。近代労働法の原則では労働は商品ではないという考えの下、奴隷的契約は禁止されており、ほぼ人身売買に相当する移籍金ビジネスは職業選択の自由という基本的人権の観点からも、もともと違法性の高いルールであったからである。

これに近いモデルであったのがプロ野球の旧ポスティングシステムであったが、2017年の改正によって締結された選手契約の金額に連動する形で移籍金が明確に定められることになったため、現在ではその奴隷契約的問題点は解消されている(例えば選手契約がメジャー契約で年俸10億円の2年契約の場合、NPB球団への支払はトータルの額の20%=4億円となる、というように明確化されている)。

その意味では、そもそも人身売買的ビジネスであるサッカー界の「移籍金ビジネス」自体が法的基盤の危ういビジネスであったと言える。



すなわち、サッカーの世界で当たり前だと思われてた「移籍金」というビジネス行為を、野球の世界で無条件に肯定できる理由はどこにもなく、むしろ疑ってかかるべきなのです。

さらに、NPBのポスティングシステムについて、山崎弁護士は、「奴隷契約的問題点は解消されている」と書いていますが、私は懐疑的です。

なぜなら、MLBにおいて大物選手の契約が長期化・巨額化していることで、それに比例して移籍金が巨額化しているからです。

これでは選手本人の「意思」を超えて、保留するチームの「思惑」が先走ることになります。

そう考えると、佐々木朗希が健康で、25歳を迎えるまでポスティング移籍を待てば、莫大な移籍金が入ることが予想されていても、佐々木朗希本人の移籍の「意思」を尊重し、今回、このような決断を下したマリーンズは、「人身売買」的な発想に過度に依存しなかったとも言えます。

一方、NPBの一部のチームは、一流の選手がMLBにポスティング移籍で流出した「代償」として得た「移籍金」という資金で、チームの補強を行いつつあります。

NPBの一部のチームはすでに、興行で稼いだ収益で選手補強をしているのではなく、在籍した選手を、悪く言えば「売り払う」ことで資金を得て、それを補強に廻しているのです。

そういう選択をする経営者は理にさといとは言えるかもしれません。
ですが、これはプロスポーツリーグとして健全と言えるでしょうか?
決して胸を張れる状況ではないと思います。


NPBというリーグのことを愛して、「NPBをMLBのマイナー組織にしたくない」というのであれば、NPBからの選手流出に際してMLBチームからの「移籍金」を当てにする発想を持つことは「自己矛盾」であることに気づき、矜持を持っていただきたいと思います。

そして、そもそも、プロスポーツリーグが肯定してきた「移籍金」ビジネスがはらむ倫理的な危険性について目を向けてほしいと思います。

30年変わらなかった日本のスポーツメディアと一部のファン




佐々木朗希のポスティング移籍を巡る騒動は私にとって、1994年オフ、野茂英雄さんが近鉄バファローズを「任意引退選手」となって、海を渡ってロサンゼルス・ドジャースとマイナー契約を結んだ時と重なります。

あれからちょうど30年が経ちましたが、ファンやメディアが自分たちの意に沿わない動きをするアスリートは徹底的に叩くという姿勢は再び、繰り返されました。
とても残念なことです。

日本のスポーツメディアは、今回の佐々木朗希のMLB移籍を「アスリートのわがまま」というステレオタイプかつヒステリックな議論にミスリードせず、NPBチームがポスティングシステムに基づく「人身売買的な側面を持つ『移籍金』に依存するビジネスモデル」の倫理的な危険性について、警鐘を鳴らし、真正面から論じるべきであると考えます。



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