映画「フィールド・オブ・ドリームス」、7つの種明かしと疑問<ネタバレ>

MLB、映画「フィールド・オブ・ドリームス」を現実に再現して公式戦を開催

1989年に公開された映画「フィールド・オブ・ドリームス」は、謎の多い映画である。
現実とファンタジーを行ったり来たりするせいもあるが、それでも序盤で張った伏線の多くは見事に回収している。
ただ、物語の背景を知らないとよく理解できない部分も多い。

映画を観た人向けに、ネタバレありで、7つの「種明かしと疑問」について考えてみよう。


①「声」は誰のものか?

"If you build it, he will come."
「それをつくれば、彼はきっと来る」

主人公のレイ・キンセラは、自らのトウモロコシ畑で不思議な声を聞く。
その声に従って、レイはトウモロコシ畑を切り開いて、野球場をつくってしまうのだが、
実はこの声は、自分の「内なる声」だったことが種明かしされる。

その後も、レイは、折に触れて、
"Ease his pain.(彼の痛みを癒せ)"
"Go the distance.(遠くても進むのだ)"
という声を聞くが、これらはすべてレイ自らの「内なる声」であることが判明する。

②「彼」とは誰のことか?

映画を観ている当初は、"he"とは「シューレス・ジョー」のことだと思わされるのだが、実はクライマックスで、レイの父親ジョンのことだったことがわかる。

若き日のジョンは、レイにこう語りかける。
「僕らがプレーできる野球場をつくってくれて、本当にありがとう」

レイは若い頃、些細なことで父と言い争いをした。
それは、「八百長を働いたシューレス・ジョーを敬愛するなんて」と、レイが父をなじったからだ。
レイは家を飛び出し、その後、父とは二度と会わずに死別した。

"Ease his pain"
"Go the distance"
これらの「内なる声」は、実はレイの心の声であり、父との関係を悔いていたレイの背中を押していたのだ。

ただし、若き日のジョンのほうは、レイが息子だと気づいていないというのがまた面白い。
だが、トウモロコシ畑に還ろうとするジョンに、レイは思わず、
「父さん、キャッチボールしないか」と呼びかける。
レイは、父ジョンと、時空を超えた和解のキャッチボールをするのである。

それをとりもってくれたのも、父が敬愛した「シューレス・ジョー」ということになる。

この映画を観た人で、親子関係に悔いを残している人がいれば、このラストシーンは、そういう人たちへの癒しでもある。

③「シューレス・ジョー」は無実だったのか?

この物語で重要なカギを握るシューレス・ジョーは、映画の中では、1919年のワールドシリーズで野球賭博の絡む八百長を依頼されたが、無実の罪だということになっている。

実際、裁判では、ジョーはホワイトソックスの同僚7人と共に証拠不十分で無実になったものの、当時のメジャーリーグ機構の初代コミッショナー、ケネソー・マウンテン・ランディスは、この8人(俗にいう「アンラッキー・エイト」)に永久追放処分を言い渡した。

ただ、ジョーは八百長を否定しているものの、カネを受け取っており、本当にやっていないかどうかは明らかになっていない。
(このあたりの経緯は、別の映画「エイト・メン・アウト」が詳しいが、この作品にも一部、フィクションが含まれている)

劇中、レイは「ジョーはワールドシリーズで活躍しており、八百長なんかしているわけない」と娘キャリンに語ってきかせる。
後で分かるが、レイが若い頃、父に反抗した時とは正反対の考えに変わっており、物語における重要なエピソードになっている。

だが、いまだに真相は闇の中である。
ジョーの死後も、永久追放処分は解除されていない。

ちなみに、「シューレス・ジョー」は、「靴なし(shoeless)のジョー」という意味だが、ある時、ジョーがマイナーリーグの試合で、新しいスパイクを履いたら、ひどい靴ズレができてしまった。次の試合、痛くてたまらないので、試合中にスパイクを脱いで打席に入り、三塁打を打った。
そこで、相手チームのファンが、「この靴なしやろう!」とヤジった。
ただし、裸足ではなく、ソックスは履いていた。
しかも、スパイクを脱いでプレーしたのはそのたった1度だけである。

なお、劇中のシューレス・ジョーは、右手にグローブにはめ、ノックを受けるシーンがあるが、実際には右投げ(左打ち)であり、間違いである。

④「テレンス・マン」は何者か?

レイと妻のアニーは、娘キャリンの学校のPTAの会合に参加する。
このときの会合の議題は、学校の図書館から、青少年に有害図書を追放するかどうかというものだが、そのやり玉に挙がっていたのが、”The Boat Rocker"という本で、著者は「テレンス・マン」になっている。

レイは、”Ease his pain.(彼の痛みを癒せ)"という声を聞いていたが、唐突に、「彼の痛み」とは、批判を浴びているテレンス・マンのことだと理解する。
そして、レイはテレンス・マンについて詳しく調べた結果、その確信を深め、ボストンまで会いに行こうと決心する。

ただ、この映画の原作となった、ウィリアム・パトリック・キンセラが書いた小説「シューレス・ジョー」では、これはJ.D.サリンジャーのことであり、彼が書いた名作「ライ麦畑で捕まえて(The Catcher in the Rye)」ということになっている。

W.P.キンセラは、サリンジャーにひとかたならぬ思い入れがあったようだ。
サリンジャーが書いた短編小説の主人公が、「レイ・キンセラ」だったということもあり、自分が書いた、この小説の主人公にも、「レイ・キンセラ」と名付けたのである。

(劇中では、レイはテレンス・マンに「あなたは私の父親(ジョン)の名前を作品で使っていますね」と語っている。)

そもそも、この作品で重要な役割を果たすものとして「トウモロコシ畑」が登場するのも、「ライ麦畑」を連想させる。

にもかかわらず、W.P.キンセラが書いた小説の映画化にあたり、サリンジャーから許諾が下りなかったため、やむなく、架空の作家による架空の作品になっているのである。
劇中、テレンス・マンは、サリンジャーのことだとわかるようなエピソードが次々と挟まれる。

サリンジャーは晩年、隠遁生活を送っていた。

劇中、レイがテレンス・マンを訪ねて、ボストンのユダヤ人街に赴き、近所の人たちにテレンス・マンの居場所を尋ねて回るが、皆、一様に口を閉ざす。
(サリンジャーはユダヤ人である)

これは、実際に、サリンジャーが晩年、ニューハンプシャー州で隠遁生活をしていることを周囲の住民が理解し、サリンジャーのプライバシーについて口外しないようにしていた、という実話をもとにしている。
(なお、レイは、ガソリンスタンドの店員にカネを渡して、テレンス・マンの居場所を突き止めるが、店員の男が被っているキャップは、NBAのボストン・セルティックスのものである。Celiticは、ケルト人という意味であり、原作者キンセラのルーツであるアイルランドへのオマージュである)

レイはテレンス・マンに、「10代の頃、テレンス・マンの本を読んで野球に興味がなくなった」と語るシーンがあるが、サリンジャーの「ライ麦畑で捕まえて」が当時のアメリカの若者に多大なる影響を与えていたことを物語るエピソードとして使っている。

クライマックスに近づくシーンで、娘のキャリンが球場脇のベンチから転落し、気を失ってしまうシーンが出てくるが、これも「ライ麦畑で捕まえて」の主人公ホールデンへのオマージュである。

というのも、主人公のホールデンが、自分がなりたいのは、ライ麦畑で遊んでいる子どもたちが、崖から落ちそうになったときに捕まえてあげる、「ライ麦畑のキャッチャー」のようなもの、と言ったことに由来すると思われるからだ。

また、レイの父親ジョンが、マイナーリーグの選手だった時に、「キャッチャー」であったことも、偶然ではないだろう。
(しかも、夢のフィールドに現れたジョンは、ニューヨーク・ヤンキースのユニフォームを着ていた)

しかも、サリンジャーは実は野球好きであり、物語に出てくるテレンス・マンが語るエピソードはほぼ実話に近い。

ニューヨーク・マンハッタン生まれのサリンジャーはあるインタビューで
「ポロ・グラウンズ(ニューヨーク・ジャイアンツがサンフランシスコに移転する前のニューヨークで本拠地にしていた球場)で野球をやるのが私の夢だった」と答えている。
(劇中では、テレンス・マンは『(同じニューヨークに本拠地があった)ブルックリン・ドジャースの本拠地、エベッツフィールドで野球をやることが夢』と言っていたことになっている)

原作者のW.P.キンセラは、物語の中でサリンジャー(テレンス・マン)の夢を叶えてやろうとし、そして、「シューレス・ジョー、アイオワに来る」という作品を書く、と言わせている。
だが、実際には、自分が「シューレス・ジョー」という、「フィールド・オブ・ドリームス」の原作となる作品を書いているのである。

そして、映画ではトウモロコシ畑に入って姿が消えたテレンス・マンが、その後、どこでどうやって小説を書いて発表できるのかはナゾである。

⑤「アーチボルト・ムーンライト・グラハム」は何者か?

彼も実在した人物である。
劇中、レイとテレンス・マンが、ボストン・レッドソックスの本拠地であるフェンウェイ・パークに行き、試合を観戦しているときに、レイはふと見上げたスコアボードに、

「アーチボルト・ムーンライト・グラハム/ミネソタ州チゾム出身/
ニューヨーク・ジャイアンツ/1922年/生涯成績:1試合/0打席」

と映し出されるのを見つける。

グラハムは1905年6月29日、ニューヨーク・ジャイアンツ(現在のサンフランシスコ・ジャイアンツ)の選手として、メジャーリーグにデビューした。
8回からライトの守備についたのが、9回、メジャーリーグで初めての打席が廻る直前にゲームセットとなった。
そして、グラハムは2度とメジャーリーグの試合に出場することはなかった。

グラハムはその後、引退してから、ミネソタ州チゾムに移って、医師となり、地元の医療に多大なる貢献をした人物である。
(実際のグラハムはノースカロライナ州出身であり、かつ1907年に引退してからミネソタ州に移っているので、劇中のスコアボードの表示は改変されている)

これは、実際に原作者のキンセラが発見したエピソードである。

なお、劇中では、レイがテレンス・マンと共に、グラハムを尋ねて、ミネソタの街に赴く。夜、泊まったモーテルからレイが外出すると、なぜか、1972年にタイムスリップしており、月夜(ムーンライト)が照らす街を徘徊している晩年のムーンライト・グラハムを発見するが、グラハムは1972年に死去しているので、少なくとも亡くなる1年以内ということがわかる。
(実際のグラハムは、1965年に亡くなっている)

レイは晩年のグラハムに「夢のフィールド」の話をし、一緒にアイオワに行きましょうと誘うが、「自分はここを離れられない」とにべもなく断られる。
そして、テレンス・マンを乗せたアイオワへの帰り道、ヒッチハイカーの若者と出会う。「野球をやっている」と名乗るその若者こそ、若き日のグラハムだったのである。

「夢のフィールド」に連れてこられたグラハムは往年の名選手たちと一緒にプレーする夢を叶えるが、さらに映画の終盤、レイの娘のキャリンを救う、重要な役割を果たす。

グラハムの存在は、たとえ、夢を叶えることができなくても、別の役割を見つけて、人々に貢献したという、ロールモデルとなる人物として描かれている。

晩年の姿に戻ったグラハムは、シューレス・ジョーから「おい、ルーキー、いい選手だ」と声をかけられると、グラハムは満足そうな笑みを浮かべ、トウモロコシ畑へと姿を消すのである。

しかし、実際は、グラハムのほうが、シューレス・ジョーより10年も先に生まれているし、メジャーリーグのデビューもグラハムのほうが早い。

⑥娘キャリンは何故、預言できたのか?

クライマックスを迎える手前に、レイの妻アニーの兄マークが、レイ夫婦の所有する農場を抵当に入れてしまい、レイに売却を迫るシーンがある。
そこで、娘のキャリンは、「もうすぐ、ここに、多くの人がやってくる」と唐突に語り始める。
「大勢の人々がお金を払って野球を観に来る」から、農場を売る必要はない、というのである。

冒頭、レイは一人語りで、娘のキャリンを「ちょっと風変わりな子」と紹介している。
「夢の野球場」に現れたシューレス・ジョーを最初に発見したのも、娘のキャリンであり、キャリンには不思議な霊感があったのかもしれない。

なお、物語の冒頭で、レイが「内なる声」を聴いた後、娘キャリンがリビングルームで見ていたテレビに映っていたのは、モノクロの「ハーヴェイ」という作品である。1950年にアメリカで上映されたコメディ映画だ。

テレビに映った男のセリフはこうである。
「僕が道を歩いていたら、こういう声が聞こえたんだ、“こんばんは、ダウドさん”とね。
そこでゆっくりと振り返ると、身長2メートルくらいあるウサギが立っているんだ」

「ハーヴェイ」の主人公のエルウッドは、名門ダウド家の生まれだが、自分は、身長2メートルもある「ハーヴェイ」というウサギと仲良しである、という話を会う人、会う人に話すので、周囲は困っている、という設定である。

劇中、レイはエルウッドのことを「あんな男は病気だ、病気」と吐き捨てるように言う。だが、その直後、レイが街に買い物しに行ったとき、トウモロコシ畑で自分が聴いた「声」の話をすると、店内にいる人たちがみんな、変人を見るような目でレイを見る。
「ハーヴェイ」がその伏線になっているのである。

また、「ハーヴェイ」のエルウッドのように、この映画でも、夢のフィールドに現れる選手たちの姿を見れるのは、選ばれた特別な人たちなのである。
それまで選手の姿が見えなかった、レイの妻アニーの兄マークが、レイの味方になった途端に、フィールドの選手たちが見えるようになったのも、面白い。

⑦アイオワに集まった人たちは「フィールド・オブ・ドリームス」で何を見るのか?

エンディングでは、娘のキャリンや、テレンス・マンの預言通り、「夢の野球場」に向けて、クルマのヘッドライトが列をなして押し寄せてくる。

果たして、ここに集まった人たちは、往年の名選手たちの姿を見ることができたのだろうか?

現実には、その32年後の今年、MLB(メジャーリーグ機構)は、この映画のロケ地であるアイオワ州ダイアーズビルで、シカゴ・ホワイトソックス対ニューヨーク・ヤンキース戦の公式戦を開催し、多くの野球ファンの夢を叶えることになる。

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