見出し画像

スペインのイメージ:版画を通じて写し伝わるすがた

年が明けても続けます、行っていたのにレビューを書いていなかった展覧会シリーズ第3弾。去年(2023年)の夏に国立西洋美術館で開催されていた『スペインのイメージ』展です。

この展覧会、最初から見に行こうと思ったわけではなく、同時期に東京国立博物館で開催されていた『古代メキシコ』展を見た後に、個人的に不完全燃焼だったので、そのまま帰るのも口惜しくて、上野駅に向かう途中で思わず入ってしまった展覧会でした。

スペイン・版画・西洋美術館のコレクション、となれば、絶対ゴヤは見れるだろう、と思ったので。

実際、フランシスコ・デ・ゴヤ (Francisco de Goya)の代表的な版画集に収められている作品のいくつかをかなりの点数見ることができただけで私の心は満たされたんですけど、夏休みシーズンの大きな美術館の企画展にしてはちょっと異色な気がしたのも事実。

5月に開催されていた『憧憬の地 ブルターニュ』展(私の感想はこちら)みたいに、自館のコレクションと国内各地の美術館の所蔵品のみ、版画の他にも写真・ポスター、西洋美術館所蔵の油彩など全部で約240点も出品されていたのには驚きとともに、国内美術館の心意気を感じましたが、(もっと狭い)特定の地域・人・時代に焦点を充てるでもなく、スペインという国のイメージがテーマって、どういうこと?と思ったんです。

展示から読み取るに、元々西欧の中で未開の地として扱われていたスペインは、19世紀初頭のナポレオンのスペイン侵攻以降、ようやく注目を集めることになったけれど、実際に大勢の人の交流が進む前に、版画といったメディアに関連する芸術作品を通じて、スペインに対する特定のイメージが伝わって受容されていったので、そのイメージがどんなものか作品を例に見ていきましょう、というストーリーかと解釈します。

六章構成になっていたんですけれど、最初の1章はドン・キホーテ、ベラスケスの描くスペイン王朝といった19世紀以前のイメージ、2〜4章はスペイン独立戦争以降のスペイン人と旅行者の双方の視点、その影響を受けた主にフランス人画家の作品、5章以降は20世紀以降、という感じで、そのどこにもゴヤの版画の影響を示唆する展示になっています。解説を読んで追っていけば、ドン・キホーテにスペイン王朝の宮廷画、エキゾチックなイスラムの建築物やロマの服装、それに闘牛や政治不安や紛争など、確かにステレオタイプなスペインが見えてきます。

元々の目当てはゴヤだったけれど、彼の真に迫るエッチングとは全く異なる、簡素化されたシルエットでもモチーフがはっきりとわかる作品にも惹かれました。オノレ・ドーミエ (Honoré Daumier) の油彩『ドン・キホーテとサンチョ・パンサ』とか、『闘牛技』("La Tauromaquia"という、闘牛術についての本が18世紀に出版されていたらしい)のパブロ・ピカソ(Pablo Picasso)の挿絵がその例です。ピカソの版画なんて闘牛場の様子だけれど、和紙に真っ黒な墨で描いたみたいに見えるせいか、日本人としては親近感さえ湧いたくらいです。

パブロ・ピカソ(Pablo Picasso) 『〈闘牛技〉19 牡牛が角で闘牛士を引っかける(La Tauromaquia: 19 Gored)』

とはいえ、年初に気まぐれに初級スペイン語講座を受講して、スペイン文化の多様性に気付かされた私としては、これは物事を単純化しすぎてはいないか?という疑問が湧いてしまったのです。

このストーリーって、特にパリを場所の主軸に置いた視点であって、それが今の、少なくとも文化圏の異なる極東の一都市とはいえ、国際都市東京の主要国立美術館の学芸員が発する美術史観であって良いはずはなく。

もちろん当時のスペインからの新しい空気が、例えばウジェーヌ・ドラクロワ(Eugène Delacroix)やエドゥアール・マネ(Édouard Manet)といったフランス近代絵画の巨匠にいかに影響を与えたかを示しているのもわかります。ただ、素人からすると、スペインという国をステレオタイプで一括りにするところから始めて、それが明らかに作られたものだと説明しているなら、じゃあ本当のスペインを描いた作品ってどういうものなの?と思うわけです。

それはきっと、展覧会後半で明白に紹介された紛争の姿だけじゃないはずだと思うし、私としては、20世紀以降の作品のところで、もう少しそれが伝わってきて欲しかったと思います。

展覧会での私の推しは、マリアーノ・フォルトゥー二(Mariano Fortuny)の『友人の遺体を悼むアラブ人』(Arab Watching over the Body of His Friend)。

マリアーノ・フォルトゥー二(Mariano Fortuny)『友人の遺体を悼むアラブ人』(Arab Watching over the Body of His Friend) より


ウィキペディアによると、フォルトゥー二は19世紀半ばに活躍したカタルーニャ生まれの、自身が従軍画家として赴いたモロッコをエキゾチックに描いた作品で知られるロマン主義の画家とのこと。この作品もおそらくはモロッコのどこかで描かれた作品かと思いますが、エキゾチックな感じはそれほどなく、どこでも起こりうる身近な人の死という出来事を物静かに描写した作品です。

世界のどこかで戦争が続く時期に、ゴヤの『戦争の惨禍 (Los desastres de la guerra)』やマネの描いた『内戦 (Civil War)』や『バリケード (La Barricade)』を見たせいでしょうか。頭をうな垂れて遺体の横に座り込む男の人の姿、いたく胸に刺さりました。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?