幹枝葉

【研究のススメかた】研究テーマを絞り込むときは”幹枝葉”を意識しよう

1. 記事の狙いと想定読者層

研究を進めるうえでのTIPSをまとめていくシリーズです。筆者が指導教官を務めるゼミや授業での活用を念頭においています。

読者層としては「大学の学部または大学院で、卒業論文/修士論文研究に取り組む」人たちを想定しています(すでに研究者として独り立ちしている同輩の皆さまや、そのタマゴとしてすでに修士論文研究等は経験済みの博士課程大学院生の方々にも、ご参考になるかもしれません)。

今回は、研究テーマを絞り込むときの指針として、”幹枝葉”というフレームワークについてお話します。

2. ”幹枝葉”とは?

僕がはじめて”幹枝葉”のフレームワークについて知ったのは、オムロンやドコモ・ヘルスケアなどで活躍し、幾多のイノベーションを推進してきた竹林一氏の記事だったと思います。

こちらの記事によると、竹林氏自身も、かつて上司の方から”幹枝葉”でアイデアを磨き抜くよう指導されたのだとか。

竹林氏にはかつての上司が発した忘れられない言葉がある。「事業の幹」だ。上司とはオムロンの元副社長、滝川豊氏であり、オムロン社会システムカンパニーのトップだった。当時、新規事業開発部長だった竹林氏が話す。「こんなビジネスはどうでしょうか、と提案に行くと、『それは幹か、枝か、それとも葉っぱか』と必ず尋ねられ、明確に答えられないと『やり直して来い』と。なんと6カ月もの間、毎週それを繰り返しました」

これを読んだとき、「研究でも同じだな」と思いました。

ゼロからイチを生み出すという意味で、新規事業を立ち上げるプロセスと研究は通底します。そして、同じ「何か新しいものを生み出す」にしても、そこでどんなスケールと完成度のものを生み出すのかは個別のケースによって異なること、さらには、何でも重厚長大なプロジェクトが全方位的にすぐれているというわけではなく、状況やそのときの狙いによってはむしろ軽薄短小でリーンなもののほうがよいこともあるところまでも一緒。

ということで、”幹枝葉”を、研究という文脈に即して僕なりに換骨奪胎して解釈すると、

”幹”とは、それ自体が一つの研究領域として成立し、多数の異なる研究プロジェクト(=”枝”)を受けとめきれる、根本的なパラダイムを確立するもの。つまり、何らかの事象について、これまでに理論化されていない観点から新たな因果の構造を見出し、それがなぜ、いつどんな条件下で成立するのかについて新しい理論を打ち立てることを目的とする研究です。

”枝”とは、幹から生じて、その先にさらにたくさんの葉をつけられるもの。つまり、研究のベースとなる理論は既存のものを活用しつつ、将来さらに発展的な研究テーマをいくつも支えられるような土台を構築する、骨太の研究です。畢竟、”枝”となる研究では、比較的ベーシックで、ものごとの構造そのものに光をあてるようなテーマが多くなります。

”葉”とは、枝の先に生まれるものです。文字通り「最先端」のテーマを取り上げて、京都の山々が秋に紅葉の盛りを迎えるときのようにパッと人の目を惹くテーマが”葉”の研究にあたります。ただし、誰の目から見ても興味をひきやすい面白いものであるがゆえに、そこからさらに多くの研究が花開くことは少なく、単発で散ってゆく可能性が高いテーマでもあります(なかには葉が散った後に花が咲き、実がなって種をつけ、そこからまた新たな芽が生えてくる場合もありますので、絶対ではありません。念のため)。

3. 具体例:「不安とモティベーション」に関する研究テーマを、”幹枝葉”で仕分けすると?

上記の概説で述べた抽象的なイメージを、ここで具体例に落としてみましょう。

僕のゼミ一期生に吉野さんという方がいらっしゃいます。人事関連の業務に関心があり、ゆくゆくは人事コンサルタントとして活躍できる基盤をつくるプロジェクトとしてMBAにおける修士論文研究を位置づけたいという意向があって、特に「不安」と「モティベーション」の関連性に興味をお持ちの方です。

しかし、このnote執筆時点(ゼミ始動直前の3月中旬、つまり翌年1月はじめの修士論文の提出締切まであと10ヶ月を切った、というタイミング)ではまだ具体的なテーマにはなっていません。「不安とモティベーション」という、あくまでばっくりした大きな方向性は決まっているというぐらいなので、ここからさらに絞り込む必要があります。この絞り込みかたを先述の”幹枝葉”でそれぞれ考えてみます(※1)。

※1 なお、こちらの記事で吉野さんのお名前を出し、下記のように研究テーマについて具体的な検討を加えることについては、ご本人に予め了承を得て行っています。吉野さん、どうもありがとうございます。

パターン① ”幹”の研究にするとしたら?

「不安とモティベーション」で”幹”、すなわち新しい理論を打ち立てるとしたら、「不安とモティベーション」に関する既存の主要な理論をまず調べて、それらの枠組みの中では光があてられていない何らかの興味深いメカニズムについて、因果構造を見出すことが研究テーマとなります。

「不安とモティベーション」ということで、Google Scholarで「uncertainty motivation theory」あるいは「uncertainty motivation management theory」とキーワード検索すると、Kramer(1999)のUncertainty reduction theoryやHogg(2000)のMotivational theory of social identity processesなどがヒットします。僕の恩師の一人、ワリド・アフィフィが提唱したTheory of Motivated Information Management、通称TMIM(Afifi & Weiner, 2001)なんかも検索上位で出てきました(※2)。やるやん、ワリド。

※2 完全に余談ですが、2000年前後に「不安≒uncertainty」に関する理論が多く打ち出されているのは面白いなと思いました。世紀末ということで、「不安」に関する洞察を得たいという社会のニーズが高まっていたんでしょうか。

このように、「不安とモティベーション」については、すでに多くの理論的考察がなされている=複数の”幹”が並び立っている、森か林のような状態であることが分かります。これは良いことです。多くの理論が提唱されているということは、裏を返せばそれだけまだ考察すべきこと、既知の観点だけではとらえきれていないサムシングがまだたくさんある(ので、新しい理論が継続的に提唱されている)ということですから。

と同時に、それら既存の理論を渉猟してなお光が当てられていないサムシングを(世界中の研究者に先駆けて)見出すというのは、成功の可能性が非常に低い、難しい挑戦であることもまた事実。ここは僕個人の指導観ですが、どんなに長くても10ヶ月程度の時間しかかけられない卒業論文や修士論文研究で取り組むにはあまりにもリスキーで、お勧めはできません。”幹”の研究は、少なくとも数年間は研究に没頭できる環境にある人、つまり博士論文研究に取り組むPh.D. studentか、プロの研究者になってからチャレンジすべき類のテーマであると思います。

パターン② ”枝”の研究にするとしたら?

次は”枝”のレイヤー。上述の通り、枝の研究とは、基盤となる理論的な枠組みは既存のものを活用しつつ、その研究から得られる知見が土台となって、将来さらに多くの研究プロジェクトへとつながっていくようなものです。

畢竟、あまりに個別具体性が強すぎるテーマは”枝”とはなりません。個別具体性が強すぎるテーマとは、ある特定の状況下における個別企業の具体的施策の影響にスポットライトを当てるような、限定条件の縛りが強いものを指します。

この記事の執筆時点でいうと、新型コロナウイルス(COVID-19)感染拡大の影響を受けて日本全国、そして世界各地でいきなりテレワーク遠隔診療オンライン教育が実施され始めました。この急激な変化が、多くの人々の不安感やモティベーションに影響を与えているのは間違いありません。しかし、COVID-19をめぐる喧騒はあまりに特殊性が強く、再現性に乏しいため、その研究で得られた知見を他の状況に展開することはたぶん難しい。

もちろん「対面ベースだった仕事が一気にテレワーク中心になるような緊急事態に直面したとき、ヒトはどんな不安を覚え、モティベーションに関してどんな影響を受けるか」といった問いに関するヒントはみつかると思いますが、そんな緊急事態が発生することはそうそうない(と願いたい)ので、このテーマで”枝”をつくろうとしてもその先に葉っぱ一枚生えない枯れ枝になってしまうかもしれません。少なくとも日常のビジネスシーンには応用しにくいと思いますし、吉野さんの目標である「人事コンサルタントとして活躍する未来」とのつながりも見出しづらいでしょう。

では、どんなテーマなら”枝”の研究となりえるのか。

上記の通り、「比較的ベーシックで、ものごとの構造そのものに光をあてるようなテーマ」というのが王道になります。たとえば、「モティベーション」については内発的動機づけ、外発的動機づけ、達成動機づけ(速水 1995)などの類型がなされていますが、じつは「不安」についてはそうした分類法があまり見当たりません。

速水敏彦. (1995). 外発と内発の間に位置する達成動機づけ. 心理学評論, 38(2), 171-193【論文PDFへのリンク】.

しかし、一言で「不安」と言っても、それを感じる原因やそのときの状況によって、単に感じる不安の総量が大きい小さいという量的な違いだけではなく、質的に異なるさまざまなカテゴリーの「不安」があるというのは、直観的にもっともらしく感じられます。であるならば、働く人が仕事に関連して感じる「不安」には、果たしてどんな類型があるのかを軸に据えて探求することは面白い研究テーマとなるかもしれません。

そして、「不安のカテゴリー別類型」を確立し、その構造を――たとえば、「ポジティブな不安vs.ネガティブな不安」×「外部要因から生じる不安vs.内部要因から生じる不安」の掛け合わせによる二軸四象限に整理するなどして――フレームワーク化できれば、そこからさらに「同じ経験をしてもそれをポジティブな不安(≒希望)ととらえる人もいれば、ネガティブな不安ととらえる人もいるのはなぜか」「それぞれのタイプの不安がヒトのモティベーションにどう影響するか」など、さらに派生した問いを立てて研究を膨らませていくことができます。この発展性こそが”枝”の研究の真骨頂

(ただし、このアイデアには僕個人のバイアスもかかっています。というのも、僕自身がかつて「Voice行動」という現象について類型化する論文(Matsunaga, 2015)を書いており、それが成功体験となっているからです。自分がやってうまくいったし、研究の雛形もあるから指導しやすい、ということでついそれを推奨したくなっているのかもしれません。)

Matsunaga, M. (2015). Development and validation of an employee voice strategy scale through four studies in Japan. Human Resource Management, 54(4), 653-671.【論文PDFへのリンク

パターン③ ”葉”の研究にするとしたら?

三つめは、”葉”のレイヤーにテーマを設定するパターン。

上記の「新型コロナウイルスの感染拡大防止のために前準備なくテレワークが導入された企業で働く社員はどんな不安を感じたか?それがモティベーションにどう影響したか?」などは、まさにそのとき旬のトピックにあやまたず光をあてる”葉”の研究の典型例となるでしょう。

ほかにも、このnote執筆時点(2020年3月11日)の日本ということであれば、「AI・RPA導入」「同一労働・同一賃金制」あるいは新型コロナウイルス騒動に関連したものとして「3月になって内定取り消しの通告を受けた新卒者」などにスポットライトをあててみても、「不安とモティベーション」というテーマで読み応えのある研究ができると思います。ちょっと前までだと「社内での英語公用語化」などが該当するでしょうか。

”葉”の研究とは、要は社会的な注目が集まっているトピックを取り上げるものです。なので、法律が変わったり、(テレワークなど)顕著なトレンドの変化が生じたりしたときにタイミングよく”葉”の研究を行って発表すれば、社会的意義もありますし、研究を評価するうえでの重要ポイントの一つである「新奇性」を担保することも比較的容易になります(新奇性については別noteをまとめておりますので、そちらも合わせてご参照ください)。

ただし、「流行」のテーマをとりあげるということは、「不易」、すなわち時を経ても色褪せない持続性のある知見を構築することについては、ある程度妥協するということでもあります。極論ですが、少なくとも大学を出ていれば誰でも英語はビジネスレベルで話せて当たり前という――日本と北朝鮮以外ではすでに実現している――社会になれば、「英語公用語化に伴う不安」に関する論文を読もうという人はほとんどいなくなるでしょう。”葉”の研究の醍醐味は旬のトピックを取り上げることにあり、だからこそ早ければ数年で旬を過ぎてしまう「足の早さ」がリスクになる、ということです。

4. まとめ

今回は、研究テーマを絞り込むときのツールとして、”幹枝葉”というフレームワークをご紹介しました。

言うまでもなく、幹と枝と葉の、どれが全方位的に価値が高いということはありません。アカデミックな研究者のコミュニティでは幹を打ち立てること、すなわち新たな理論を確立することにプレミアムがおかれていますが、本記事内で述べた通り、その価値観を卒業論文や修士論文研究にそのまま無批判にあてはめるのは無謀です。

重要なのは、自分がやろうとしているのは”幹”なのか”枝”なのか”葉”なのかを意識して、やるべきことの優先順位を整理すること。本当は”葉”に興味があるのに、実際に書き進めているのは”枝”的なテーマ(あるいはその逆)だったりすると、どこかで必ずズレが表面化して「これは本当に私がやりたいテーマじゃない」と気づいてやり直しになったり、最悪の場合には書き上げたあとで「こんなはずじゃなかった」と悔いを残す羽目になったりするかもしれません。

そんなズレを未然に防ぐために、今回のnoteが役に立つようであれば幸いです。あなたの研究が実り多い、有意義なものでありますように――。

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