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多様性と異質性

ビジネス――特に、イノベーションやアントレプレナーシップの文脈では、多様性が重要だと、よく言われます。

曰く、これまでにない新しい事業を創りあげていくには多様なアイデアを出す必要がある、そのためにはさまざまな経験や知識、スキルを備えた多様性あふれるチームが不可欠だ、的なメッセージ。耳にされたことがある方も多いのではないでしょうか。

今回は、この「多様性」と、それと対をなす概念である「異質性」について考えてみます。


「多様性」と「異質性」は、何がどう違うのか?

「多様性」は、少数の系統に連なるバリエーションが豊富な状態。一方、「異質性」は、根本的に異なる無数の系統が並立している状態を表す

上図で示した通り、

  • 「多様性」とは、比較的少数の系統に連なる無数のバリエーションが存在している状態

  • 「異質性」とは、根本的に異なる(「異質な」)無数の系統が混在している状態

を指して、ここでは整理します。


ちなみに、この整理の仕方は僕のオリジナルでは全然なくて、故・スティーヴン・ジェイ・グールド博士の著書『ワンダフル・ライフ―バージェス頁岩と生物進化の物語』で示されているものです。

進化は、「異質性」が高い状態から「多様性」が高い状態へと進む

生物の進化は、はじめは「異質性」が高い状態から始まり、その後「異質性」が急激に低くなるかわりに「多様性」が増大する、という流れで進みます。

たとえば、”カンブリア爆発”で有名なカンブリア紀には、複雑な組織・感覚器を備えた「異質な」生物群が爆発的に出現しました。エイのようなヒレと大きな鉤爪、ディスポーザーの破砕機のような口をもつアノマロカリスや、ナメクジのような見た目だけど脊椎を備えたピカイア、ハリネズミのような棘を背中にびっしり生やして海底を這い回るウィワクシア、等々。これらは、ピカイアを除いて現在地球に生息するどの生物とも身体の根本的な設計が異なるという意味で、いずれも「異質」な系統に属します(詳しくは『ワンダフル・ライフ』をご参照ください。大著ですが読んでいてとても面白く、個人的にすごくオススメの一冊です。kindle版出してほしい。。)。

しかし、それらの「異質」な系統群はしばらくすると一気に”刈り込まれ”て、少数の系統だけが生き残ります。すると、そこからは(それぞれに個性豊かでありつつも)本質的に同じ特徴を共有するバリエーションが派生していき、「多様性」が高まっていきます。たとえば、現在の地球には哺乳類、鳥類、爬虫類、両生類、魚類などじつに多様な生物が存在しますが、それらはいずれも「脊椎を有する」という根本的な設計を共有する、すなわちピカイアを同一の祖先とする脊椎動物というカテゴリーに属しています。

ビジネスの「進化」にも、多様性と異質性という観点は示唆をもたらしてくれる

ここまでお読みいただいて、「確かに興味深い話だけど、でもビジネスとは関係ないよね?」とお思いの方、もうちょっとだけお付き合いください。この「多様性と異質性」という観点は、ビジネスについて考える際にも面白い示唆をもたらしてくれます。

というのも、じつはビジネスでも――それも事業レベルだけでなくプロダクトやサービスなどのもっと粒度が細かいレベルでも――前述の「進化は、『異質性』が高い状態からスタートして、その後『多様性』が増大する方向へと進む」という流れが発生するんです。

たとえば、自動車。19世紀末にドイツで史上初の内燃エンジン型の自動車が発明された当時、じつはそれ以外にも電気自動車と蒸気機関型の自動車という異なる系統が併存していました(※1)。しかし、当時のインフラやテクノロジーでは電気よりもガソリンのほうが比較的安全に制御できる等の要因が相まって自動車の「標準仕様」は内燃エンジン型に落ち着き、その後100年以上の長きにわたって――2024年の現在にいたるまで――地球上を走る自動車の圧倒的多数は内燃エンジンを搭載したものになったという次第です。

※1 このあたりの歴史的経緯にご興味のある方は、日刊工業新聞社『電気自動車はガソリン自動車よりも早く登場した!』をご参照ください(リンクをクリックすると、PDFが開きます)。

あるいは、キーボード。おそらく、この記事をご覧になっている皆さんがお使いのキーボードは、PC本体と一体になっているものであれ外付けのものであれ、数字キーの下にある文字キーの左上のエリアに「Q」W」「E」「R」「T」「Y」が並んだ、「QWERTY配列」と呼ばれるものではないかと思います。キーボード自体は初心者向けから超マニアックなものまで、それこそ無数のバリエーションがあります(※2)。でも、圧倒的大多数はQWERTY配列のもの。

※2 ちなみに、グローバルでみると、いわゆる「キーボード市場」は2022年の92億8,000万USドルから2023年には95億9,000万USドルと伸びている成長市場だそうです(『キーボードの世界市場レポート 2023年』)。皆さんは、どんなキーボードをお使いですか?(僕は、ロジクール派です)

ここで大事なのは、単純な性能や機能性の比較では「標準仕様」(「ドミナントデザイン」と言ったりもします)になるものを予測することはできない、ということ。

上記の例でいえば、自動車の場合は当時のインフラ環境やテクノロジー水準から内燃エンジン型が最適解としてフィットしたと言えなくもないですが、キーボードに関してはQWERTY配列はむしろタイピングの効率が悪いことで知られています(「タイピング速度が向上する「Dvorak配列」など参照)。となると、たとえば投資や事業開発の文脈で今後伸びそうな分野であったり会社やプロダクトであったりを見極めたいときに、より優れているものを選んだとしても(実際には、優劣を的確に判別すること自体難しいわけですが)それが本当に生き残っていくかどうかはわからないし、たぶん当たらないということになります。実際、仮に20世紀初頭に、QWERTYよりもタイピング効率に優れるDvorak配列の特許を持っているからと特定の会社に投資していたとしても、それが実を結ぶことはなかったでしょう。

「多様性と異質性」がもたらす示唆をどう活かすか

ここまで述べてきた示唆を、どう活かせるか。

この問いに対する一つの考え方として、自分がいまフォーカスしている市場が「多様性」と「異質性」のどちらメインで進化しているのかに着目してみる、というのは面白いんじゃないかと思っています。

たとえば市場の黎明期で異質性がまだ高く、根本的に異なるアイデアがぼこぼこ生み出されているタイミングであれば、大半はポシャるだろう前提でいろいろと異なる方向性に投資したり手をつけたりしておき、そのうちのいくつかが生き残ることを祈る。多くの枝を伸ばし、花を咲かせる大木の苗を事前に予測するのは不可能と割り切って、薄く広くベットしておく。

逆に、その市場での標準仕様、ドミナントデザインがかなりの程度定まっている、多様性メインのフェーズであれば、じっくりと投資先やトライするアイデアを見定める。このタイミングでは、当該市場の歴史を振り返って、かつて伸びそうだったけど結局は”枯れた”枝に属していたアイデアと今も繁栄している枝に属するものとを比較して、どこが”勝ち筋”なのかを見極めるところに力点をおく戦略が一定の妥当性を持ちうると考えられます。

そして、もう一つ。生物進化論では、「多様性」メインだったエコシステムがふたたび「異質性」メインに切り替わるのは、環境の激変によって大量絶滅が起きたタイミングであることが指摘されています。これは、それまでの環境に適応して多様性を謳歌していた系統が根こそぎ絶滅し、それらの種が専有していたスペースが空いた瞬間は、新たに出現した異質な系統が――たとえ、完成度はまだ低くても――それぞれに成長していく余地を見いだせるためです。

この示唆をビジネス文脈に転用するならば、既存のドミナントデザインを覆すような革命的サムシングが発生して、それまで市場で圧倒的な存在感を放っていたメガプレイヤーの業績がゆらぎ始めたとき、いわゆる「ゲームチェンジ」と言われるような大きな変化が起きた瞬間を見逃さず、そこで投資や事業開発の戦略を切り替えられるかが鍵を握る、となるかと思います。

たとえば、ゲームは、この記事の執筆時点ではまさにドミナントデザインが明確にあって、「ゲームといえばこういうもので、こうやって楽しむもの」という共通理解がほぼ全人類的に存在する業界だと思います。少数のメガプレイヤーを頂点とする食物連鎖的な業界構造も、そこで成功をおさめるための方法論、生存戦略といったものもかなりの程度確立されています。でも、もしかしたら近い将来、XRテクノロジーなどがさらに発展してゲームを楽しむデバイスや環境――「ゲーム」の定義そのもの――が変化したときには、今とはまったく方向性が違う戦略をいち早く選択することが必要になるかもしれません。

あるいは、自社ないし自分たちのチームの強み、特長に照らして、「多様性」メインの市場に参入すべきか、それとも「異質性」がメインで進化中の環境を狙っていくのかを検討する、という活かし方もあるかと思います。だいぶ長文になってしまったので、ここは今回は掘り下げませんが、他に「こんな活かし方もできるんじゃないか」というご指摘がありましたら、ぜひコメント欄に書き込みをお願いします。

まとめ

今回は、「多様性と異質性」という、似て非なる二つの概念をビジネスの文脈にひきつけながら考えてみました。別の転用先として、「多様性」が近年注目のキーワードになっている組織論や人事といったテーマで考察してみるのも面白いと思いますが、ひとまずはここで一区切りをさせてください。昨今、「多様性」に関する議論はあちこちで見受けられるのですが、その一方で「異質性」について考察されているのはあまり見かけないので、ちょっと独自性のある観点だと思っていただけたら、幸いです。

それでは、また。



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