ADは、オンエアだけで終わらない。
少し前、バラエティー番組のADだった。
初めて旅ロケをした時、私は自ら立候補した。
地方ロケは私の中では【アタリ】のロケだった。
いつもは行けない場所に、仕事だとしても行けるのは嬉しかった。
ロケ内容は、タレントではなく、出演役のADが地元の人と交流し、最終的には家に泊めてもらうことを目的とするものだった。
私は出演役ではなく、撮影交渉など裏方でロケ進行する役目を担当した。
このロケは、シンプルなものの過酷だった。人が集まりそうな場所のリサーチはしたものの、ぶっつけ本番の運次第。
泊めてくれる人がいなければ、出演役のADは野宿決定。
実際に出演役のADが泊まるホテルを手配していなかったし、泊めてくれそうな地元の人に前もってアポイントも取っていなかった。
…今思えば出演役は罰ゲームのような内容だ。
その旅ロケで、私たちは素敵な夫婦に出会った。
出会いは銭湯の脱衣所で、突然裸で声をかけたにも関わらず、話を聞いてくれるとても優しい旦那さんだった。
家で待っているという奥さんに、今日人を泊めていいかと話をしてくれた。
この時、ADなら誰しもが思うだろう。
『もし、自分が旦那さんの立場なら確実に断る』
テレビの撮影、見知らぬ人たちが家にくる、そしてスタッフ1人泊まらせてくれ。
…んな、無茶な!
すでに日は暮れていて、この人を逃したら恐らくロケ失敗で終わるだろう。
そしたらロケは延長…もしくは企画自体がお蔵入り…。
きっと私以外のスタッフも、少しの期待と残り半分以上の諦めの気持ちでいっぱいだった。
祈るように電話をする旦那さんに集中するスタッフ一同。
旦那さん「奥さん、いいって」
AD「えっ…いいとは…」
旦那さん「家来てもいいって。ちょっと時間空けてくれたら。」
AD「本当ですか!!ありがとうございます!!」
よかったー!!と皆んな胸を撫で下ろし、私は旦那さんの連絡先と住所を聞いて、数時間後にお宅にお邪魔することを約束した。
・ ・ ・
家に尋ねると、元気な奥さんが出迎えてくれた。
笑いながら「いらっしゃい!遠いところから大変だね!」と言ってくれた。
「お姉ちゃんもあがって、あがって!」
最後尾で待機する私にも優しく、そして少し強引に家の中へ招き入れてくれた。
AD「いいお宅ですね!」
とても広い和装のお宅だった。
孫と思われる子供の写真や表彰状なんかも飾られていた。
旦那さんは地元の漁師さんで、飾られていた表彰状は、転覆した船から人を助けた時にもらったらしい。
奥さんはすでに晩ごはんを全員分用意してくれていた。有り難くみんなで頂いた。
・ ・ ・
夕食後、旦那さんと奥さんのエピソードを聞いた。
奥さんはガン治療の最中だった。
とても元気で明るい奥さんから想像出来ない話だった。
旦那さんは奥さんが何よりも大切で、大好きだと話してくれた。出来るだけそばにいたいと話す旦那さんの顔をみて、出会ったばかりの2人に対して、胸が苦しくなった。
・・・
私たちは素敵な夫婦に出会えたことで、十分な撮れ高を手に入れた。
翌朝、感謝をつげ、夫婦が手を振って見送ってくれる中、サヨナラを告げた。
ADの仕事はここまでじゃない。
さらにその先がある。
その後放送日まで、夫婦のエピソードを紹介するにあって、写真を借りたり、内容に問題がないかなどの確認をする。
撮影したはいいものの、やっぱり放送しないで下さい、なんて言われるのはテレビ業界ではよくある話だ。
夫婦はそんな心配がないどころか、『夕食でごちそうになった魚の煮付けをスタジオで再現したい!』という、上層部の無茶振りに答えるため、その地元でしか採れない魚を旦那さんにお願いして、送ってもらったりもした。
わざわざ朝一に市場へ足を運んでくれたことを思うと、感謝しかなかった。
その後、無事オンエアを終え、私は感謝を込めて夫婦に、手紙、放送回をダビングしたDVD、テレビ局のマスコットのぬいぐるみ、奥さんが好きだと言っていた東京バナナを送った。
これで私の今回の役割は終了だ。
大変だったけど、楽しいロケだった。
ーそう思っていた、数日後に電話がかかってきた。
旦那さん「○○さん!色々送ってありがとう!ぬいぐるみも孫たちが喜んでたわ!」
今までお礼の手紙やDVDも送付したことがあったが、こんな風に電話をくれる人は珍しく、素直に嬉しかった。
まるこ「こちらこそ、お魚まで送って頂いてありがとうございました!スタジオでも皆さん美味しいって言ってました!」
ちょっと待ってねーというと、奥さんにも代わってくれた。
奥さん「お姉ちゃんありがとうねー!東京バナナ嬉しいわぁ。またこっち来ることあったら連絡して来てね!」
まるこ「わぁ!ほんとですか!ありがとうございます!」
こんな風に協力してもらった人から感謝されることは少ない。私たちの番組の方針としては、あくまで「撮影させて頂いている」というスタンスで、タレントとスタッフという距離感だったからだ。
またねーと電話が切れた後、私は笑顔になっていた。
行くことがなかった場所で、出会うことがなかった素敵な人達に会えたことが単純に嬉しかった。
下っ端や雑用係と言われるADのやりがいを、この時、確かに感じていた。
これはごく稀なことなのかも知れない。
ADになったからと言って、こんな体験を出来るとは限らない。私はとても恵まれていた。
しかしながら、もしも
『ADをまたやりたいですか?』と聞かれれば、
答えは『NO』だ。
だが『ADをやってよかったですか?』には、
間違いなく『YES』と答える。
これが正直なところである。
ADの仕事は、オンエアだけで終わらない。
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