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おにぎりを握って
大学生の頃、私は映画制作に没頭していた。
というのも、芸術大学の映像学科だったからだ。
正直言って私は人より映画には詳しくなかったし、こんな映画が作りたい!という目的もなかった。
1年生の頃、周りは自分のやりたいことを着々と見つけていて、先輩の撮影を手伝いに行ったり、自分の映画について模索していたりと、楽しそうだった。
監督、撮影、照明、音響、美術、編集…。
どれも自分に出来る気がしなくて、グダグダとしている間に1年が終わりそうになっていた。
そんな時、同じ学科の友達から外部の映画制作を手伝ってみないかと誘われた。
『大丈夫!制作部なら技術とかなくてもいけるから!』
友達からの誘いで初めて制作部を知り、そこから私は映画制作に携わることになった。
制作部とは、映画の撮影を始める前に、撮影ができる環境を整えることが主な仕事である。
ロケ場所、役者、スケジュール管理、スタッフの確保、お弁当の手配、予算管理など、イメージだけでいうとプロデューサーやテレビ番組のADみたいな役割だ。
確かに専門知識がなくても出来る仕事だった。
私は制作部の中でも1番下っ端で、ロケ場所探しと許可取りが主な役割だった。
その頃はまだスマホと携帯電話が混在してる時代で、私は慣れないスマホを使いながら、行ったこともない場所へ自転車1つで駆けずり回った。
今になって思うと車で30分〜1時間かかる道のりを、電動でもない自転車でよく駆けずり回ったものだ。それほど初めての現場で必死だった。
その姿を知ってか知らずか、その現場で出会った先輩の卒業制作に制作部として声をかけてもらった。
初めての現場が外部の映画制作だったので、学生映画に参加するとまた違った問題にぶち当たる。
予算がない…!
とにかくお金がないのだ。
スタッフはもちろん学生ばかりで、役者も同じ学生や小さな事務所で1日数千円で出てくれるエキストラさん。
お金はないけど、映画制作に妥協したくない。
そんな先輩たちの願いにこたえるべく、私はまた必死にロケ地を探した。
その結果、芸大の卒業制作になら…と優しい街の人達に無料または格安で貸してもらうのがほとんどで、人に恵まれた現場だった。
それでもやっぱりお金がない。
撮影が始まっても、それが変わるはずもない。
それどころかどんどん減っていく一方だ。
当然お弁当なんて出るはずもなかった。
2週間から1か月程の撮影期間があったが、その間の食事はみんな自腹だった。それが当たり前だったし、お弁当を求める人もいなかった。
撮影が始まってしまうと、私はとても暇人だった。
外ロケになると、交通整備をしたり忙しいこともあったのだが、室内ロケになるとほぼほぼやることがなかった。
細かく言えば仕事はあるのだが、ロケ場所の人に挨拶をしたあとは、出演者のお迎えなどが出来たら、ひたすら現場にただいる人になっていた。
変に機材や美術品に触れるわけにもいかないし、たまにみんなにお茶を配るだけ。
朝早くから夜遅くまで撮影はつづく。
せめて運転免許を持っていたら、移動の時間だけでも皆んな休めるのに…。
そう思いながら毎日が過ぎていった。
「明日ご飯食べる時間ないし、おにぎりでも作ろうか」
制作部の先輩が撮影終わりにそう言った。
「おにぎりですか」
「お弁当とか炊き出しは出来ないけど、おにぎりなら移動時間で食べられるし、さすがに食べずに撮影するのも辛いからね」
その日も夜遅くに帰宅した。
そして私は米を研いだ。
帰って早々、米を研ぎを始める私に、母は不思議そうな顔をしていた。
もちろん米代も出ない。自腹だ。
自腹と言っても実家だったので、私が払ったわけではないが。米を研ぎながら、ふと気がついた。
おにぎりに入れるような具材あったっけ…。
さすがに塩むすびじゃ味気ないよなぁ…と、
冷蔵庫から鮭を取り出し、コンロで焼いた。
「…なにしてるん?」
黙々と鮭を焼く私に母が尋ねる。
「あ、ごめん。なんか明日おにぎりいるらしくて。勝手に使ってるけど」
「それはいいけど…大変やなぁ」
大変…か。
確かに朝早くに出て、夜遅くに帰ってくる私をみてそう思うのはわかる。
けど、現場で何もしていない自分はそんなに大変じゃない。
他のスタッフたちにずっと申し訳ないと思っていた。だから別に大したことなかった。
ラップを切り取って、塩を振りかける。
その上に炊き立てのご飯を乗せて、真ん中に鮭を入れる。
一つ一つ丁寧におにぎりを握った。
どうせなら美味しく食べてもらいたかったからだ。
次の日、また朝早く撮影のために集まった。
ずっと長い撮影時間が続いて、制作部の先輩がスタッフ皆んなに声をかける。
「今日はおにぎり作ってきたよー」
スタッフ皆んなが、おお〜!と歓喜の声をあげた。私も作ったおにぎりをそそくさと配った。
「まるちゃんも作ってくれたんや!ありがとう〜!」
スタッフ皆んな、ありがとうと言いながらおにぎりを受け取る。
「うまっ!めちゃでかい鮭入ってる!」
「ほんまや!具なしやと思ってた!」
おにぎりを食べたスタッフたちが、口を揃えてそう言った。
その時初めて知ったのだが、現場で振る舞われるおにぎりは、だいたい具なしが多いのだそう。
ただの鮭おにぎりをこんなに喜んでもらえるとは。
現場で役に立てていないと思っていた私にとって、それはとても嬉しい出来事だった。
そのおにぎりが予想外の好評で、また作って〜とスタッフに言われ、制作部の先輩は少し困っていた。
「私のでよければ、明日からも作ってきますよ」
と私は先輩に言った。
その夜、私はまた米を研いだ。
喜んでくれたのはよかったものの、鮭がもうない。
撮影で買いに行く暇もなかったし、どうしたものか…と冷凍庫を見つめていた。
冷凍庫に小さめの海老があった。
海老……。天むす、作るか。
バッター液を作って、海老に絡め、少ない油でカラッと揚げる。
それをつゆの素にくぐらせて、炊き立てご飯の真ん中に入れる。
眠気と戦いながら数十個のおにぎりを握った。
次の日の撮影。
またおにぎりをスタッフ皆んなに配った。
「また作ってくれたんやー!ありがとう!」
「今日も具入ってるの?」
「天むすです」
『天むす!?』
ほんまや!天むすや!と、
びっくりしながら、皆んなおにぎりを食べていた。そんな反応が見ていて面白かった。
鮭、梅干し、ツナマヨ、天むす、肉団子…
色んな具材で作ってみたり、2種類作って選べるようにしたり、だんだん工夫するのも楽しくなっていた。
一度だけ眠気に負け、今にも寝そうだった私を見かねた母がおにぎりを作ってくれたことがあった。
その時のおにぎりがいつもと違う、刻み海苔がまぶされた個性的なビジュアルで、((やばい作ってないのがバレる…!))とヒヤッとしたけど、それに対しても皆んなが、海苔だ!と喜んでいて面白かった。
撮影期間が終わる頃には、
朝の集合場所で私に会うと「今日おにぎりの具なに?」と聞いてくるようになっていた。
「天むすとツナマヨ」
「鮭と梅干し」
「肉団子とおかか」
大体、この6つのローテーションだったと思う。
「違う現場行くとまるちゃんのおにぎり恋しくなるんだよね〜」
「撮影終わったら食べれなくなるなぁ〜」
そんな嬉しい言葉をたくさんくれた。
自分はみんなの役に立てているんだと、おにぎりを握って実感できるなんて。
おにぎり一つで、皆んなに元気を与えているようで、本当は私が1番元気をもらっていた。
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