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ライター必読本⑤本橋信宏『心を開かせる技術』

著者の本橋信宏氏は、風俗ルポからコワモテ人士(ヤクザ・闇金のドン・右翼・過激派など)への直撃取材まで、硬軟問わず精力的にインタビューを続けてきたベテラン・ライター。話の聞きにくい相手の心を開く達人である。

本書は、著者が豊富なインタビュー経験から編み出した、語り手の「心を開かせる技術」を開陳したものだ。

随所にちりばめられた、インタビューの舞台裏エピソードが抜群に面白い。また、インタビュー術の極意を明かしたハウツー本としてもすこぶる有益である。

私が「なるほど」と思った具体的なノウハウとしては、たとえば――。

・インタビューのときには相手の正面に座るのではなく、テーブルを挟んで「L字型に」座る。そうすることで、相手を真っすぐ見据えることがなくなり、互いの緊張感をやわらげることができる。

・相手の肉体に何かの傷跡があったら、そのことについてあえて聞くべき。「聞かないのは聞き手として失格」(これはフーゾク取材など特殊なケースの話で、一般的な取材にはあまりあてはまらないと思うけど)。

・若い一般女性が相手の場合、カラオケボックスは取材場所として最適。喫茶店のように隣席から聞き耳を立てられることもないし、相手は中学生くらいからカラオケボックスに行き慣れているので、リラックスして話をしてくれる。

・取材時にはノートに、「音で記録できない要素すべて」をメモしていく。相手の着ている服、つけているアクセサリーや香水、部屋の様子、書棚にある本のタイトルなど。

その他、印象に残った一節を引く。

 インタビュー相手が遅刻してくるのは、こっちとしては願ってもないパターンです。
 というのも、遅刻してくると、いくら図々しい人間でも、多少はわるいことだと感じて、その後のインタビューでも協力的になる場合が多いからです。

『心を開かせる技術』178ページ

 人間は何か取り繕おうとするとき、抽象的な言葉で、その場をやり過ごすときがあります。
 抽象的な話をできる限り具体的な固有名詞で語ってもらうこと。これが話の深みを増すポイントになります。

『心を開かせる技術』180ページ

 男の場合、話をしていて嘘をつくとき、あるいは意識的に真相をカムフラージュしようとするとき、視線を瞬間、はずす癖があります。
 ところが女の場合、嘘をつくとき、男とはまったく逆で、相手の目をみつめて話しつづけます。ですから、嘘をつくのは女のほうが男よりも何倍も上手ということになります。

『心を開かせる技術』115ページ

著者は自らを人見知りで口べただと言う。「他者の心を開かせるコツ、というものを私が持っているとしたら、それは私のコンプレックスから派生したものだ、と言えるでしょう」と……。そして、次のように言うのだ。

 一流のセールスマンというのは、誠実そうで、おとなしく、こちらの話をよく聞いてくれるタイプです。初対面でいきなりおしゃべりが始まるようなセールスマンは、客が警戒して引いてしまったりするようです。
 インタビューも同じことです。
 雄弁家というのはインタビュアー(聞き手)に向かない。むしろ口べたくらいのほうが、相手(話し手)もリラックスして何でもしゃべるようになるものです。

『心を開かせる技術』24ページ

ライターを30年以上やってきたのに相も変わらず口べたな私は、この一節に深く同意するのである。

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