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ライター必読本④永江朗『インタビュー術!』

取材術に的を絞ったライター入門もいまでは少なくないが、私のイチオシは永江朗の『インタビュー術!』(講談社現代新書)である。

ベテランにして売れっ子のライターが、豊富な経験をふまえてインタビューのノウハウを伝授してくれる1冊だ。

この本の美点の第一は、ヘンな精神論を振りかざすいやらしさがなく、徹底して実用的であるところ。

とにかくアドバイスが細かい。
たとえば、取材の際に使う筆記用具について、“ペンよりもシャープペンシルがよい”と永江は言う。なぜなら、小売店を取材するときなどに、ペンを落としてインクで商品を汚してしまってはいけないからだ、と……。

また、小説家が短編集を出した際の著者インタビューについて、次のように言う。

じつは短編集というのはインタビューしにくい。まんべんなく聞こうとすると、それぞれの短編についてつまみ食いしただけの、広くて浅いインタビューになりがちだ。そこで、十編のうちの二つか三つに話を絞る。このとき気を使うのは、「それじゃあ、なにかい? この十編のうちおもしろかったのはこの三つだけで、あとはダメってわけかい?」などとインタビュイーに感じさせないこと。

『インタビュー術!』68ページ

こんなふうに、インタビューのAtoZ が微に入り細を穿って語られていく。ここまで実践的なアドバイスは、高い金を払ってライタースクールに行ってもなかなか聞けないのではないか。

美点の第二は、読み物としても面白いところだ。
随所にちりばめられた失敗談や苦労話は、同業者として身につまされるが、同時に笑いも誘う。たとえば――。

会話が途切れて沈黙の時間が流れる。インタビュアーにとってこれほど恐ろしいことはない。
(中略)
寡黙なインタビュイーの場合は、用意していった質問項目が次々とクリアされてしまい、「ああ、もう聞くことがなくなる」とドキドキしていた。

『インタビュー術!』42ページ

わかるわかる。ライターなら誰もが経験する、あの焦燥感!

私はインタビュー中、できるだけよく笑う。たいていの人は、ちょっとした冗談や滑稽なエピソードを話の中に挟む。心から笑える面白いものならいいのだけれど、そうではないことのほうが多い。それでも、声をあげて笑う。幇間的ないやらしさのように聞こえるかもしれないが、これもまた気持ちよく話してもらうための演出だ。

『インタビュー術!』56ページ

これも「ライターあるある」だ。無理に笑いすぎて、インタビューが終わるとドッと疲れたりするのだ。

業界裏話のたぐいもふんだんに盛りこまれていて、ライターならずとも面白く読めると思う。
逆に言えば、永江はベテラン・ライターとしての技術を駆使して、読み物としても楽しめる書き方をしているのだ。

なお、永江は、各分野の名だたる聞き上手を集めた『聞き上手は一日にしてならず』(新潮文庫/単行本時の書名は『話を聞く技術!』)というインタビュー集も出している。
これも良書なので、併読をおすすめしたい。

同書に登場するのは、黒柳徹子、田原総一朗、ジョン・カビラ、糸井重里、吉田豪、河合隼雄、小松成美、石山修武、松永真理、匿名の元刑事の計10人。

含蓄深い話がたくさんちりばめられている。
とくに、黒柳徹子へのインタビューや、小松成美がノンフィクション作品の舞台裏を明かすくだりは、感動的ですらある。河合隼雄が語るカウンセリングの極意も示唆に富み、メモしておきたい言葉が満載だ。

総じて、テクニックよりも話を聞く心構えのほうに重点が置かれている。
聞き上手になるには、小手先のテクニックをいくら覚えてもそれだけではダメで、根底の心構えにこそ肝があるのだろう。

そして、その心構えを一語に集約するなら、「誠実さ」ということになる。陳腐な言い方に聞こえるかもしれないが、話し手に対して誠実であることこそ、いかなる技術にも勝る「聞き上手の極意」なのである。

取材時の話の流れをそのまま残した一問一答式で書かれているので、この本自体がインタビューの進め方のお手本集にもなっている。


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