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ライターにオススメの「文章読本」5選

以下に選ぶ5冊は、あくまでも「ライターにオススメの文章読本」である。
谷崎・三島を筆頭とした、文豪たちによる定番の『文章読本』は、小説などの文学作品を書くためのものだ。ここに選んだものはそうではなく、ライターが書く記事や実用文に役立つものなのだ。

1.松林薫『迷わず書ける記者式文章術――プロが実践する4つのパターン』

元『日本経済新聞』記者の著者が、記者時代の経験をふまえて書いた文章読本だ。

「記者式」とあるものの、ここに説かれている文章術は、ライターから一般人まですべての人にとって有益である。新聞記事を書くための文章術は、かっちりとした基本形であるからこそ、応用の幅が広いのだ。

著者が関西大学で担当した「ネットジャーナリズム実習」のテキストがベースになっている。それだけに、すこぶるわかりやすい。
文章術の「基本のき」から、手取り足取りという感じで教えている。それでいて、プロのライターを唸らせる深みもあるのだ。

新聞記者や元記者が書いた文章読本としては、本多勝一の『日本語の作文技術』が定番の名著として知られ、読み継がれている。
本書は、同書に代わる新たなスタンダードと言っても過言ではない。わかりやすさや、いまという時代に即した内容という点で、『日本語の作文技術』をしのいでいる。

ライターが文章力をブラッシュアップするために読む本として、一冊目に読むべき本はいまならこれだろう。

2.野口悠紀雄『「超」文章法――伝えたいことをどう書くか』

実用文を書くための文章作法を説いた本だが、ライターが文章を磨くためにも役立つ本だ。いいアドバイスがたくさんある。

著者は、大要次のように主張する。

“従来の文章読本は文体などの「化粧」にばかり紙数を割いてきたが、本書は「化粧」よりも文の「メッセージ」と「骨組み」を重視する。
「メッセージ」とは文の命題であり、「一言で言える」ほど単純明快な主張でなければならない。「文章が成功するかどうかは、八割方メッセージの内容に依存している」。文体や言い回しには、「せいぜい二割以下のウエイトしかない」。
伝えたいメッセージが見つかったなら、文体に凝るなどの「化粧」をする前に、「比喩と具体例と引用」を駆使してメッセージの説得力を強めることが先決だ。これを文章の「筋力増強」と呼ぼう”

そして、この主張が各章で具体的に展開されていく。
内容はすこぶる論理的で明快。あいまいなところが微塵もない。

3.古賀史健『20歳の自分に受けさせたい文章講義』

人気ライター・古賀史健氏は、最近では大著『取材・執筆・推敲――書く人の教科書』で知られる。本書は、氏がミリオンセラー『嫌われる勇気』で大ブレイクする以前に出た、最初の単著である。

「本講義で述べた文章論・文章術は、すべて僕が“現場”で身につけた実学であり、机上の空論はひとつとして語っていないと断言できる」――そうあるように、どのアドバイスも実践的で、ヴィヴィッドな現場感覚に満ちている。

ほかの文章読本によくあるような平凡なアドバイスも、ないではない。が、その場合にも面白い喩えを持ち出すなど、楽しく読ませる工夫が随所になされている。

たとえば、文章におけるリズムの大切さを説明するくだりで、“ローリング・ストーンズの演奏を牽引しているのはミック・ジャガーでもキース・リチャーズでもなく、じつはチャーリー・ワッツのドラムスだ”……なんて話をサラッと入れたりとか。

私たちライターが経験によって身につけ、無意識のまま駆使しているテクニックの中身が、見事に言語化されている。わかりやすくて奥が深い。

「まったくそのとおりだ」と感心し、付箋をつけた一節を引く。

 推敲するにあたって最大の禁句となるのが「もったいない」である。
 こんなに頑張って書いた箇所を削るなんて「もったいない」。
 せっかく何日もかけて調べたから、どこかに入れないと「もったいない」。
 あれほど盛り上がった話を入れないなんて「もったいない」。
 (中略)
 しかしこれは、読者となんの関係もない話だ。
 読者は、あなたの「がんばり」や「悩んだ量」を評価するのではない。あくまでも、文章の面白さ、読みやすさ、そして書かれた内容について評価を下すのである。
 文章を書いていて行き詰まったとき、「なんか違うな」と思ったとき、原稿を読み返してみると、けっこうな確率で「もったいないから残した一節」が紛れ込んでいるはずだ。
 そして、その一文を取り繕うためにゴニョゴニョと余計な説明を入れ、全体が台なしになっている。

『20歳の自分に受けさせたい文章講義』

4.近藤康太郎『三行で撃つ――〈善く、生きる〉ための文章塾』

第一級の文章読本であり、読み物(エッセイ)としても楽しめる。つまり、実用性と娯楽性をハイレベルで兼備する離れ業をやってのけているのだ。

全体が、ホップ・ステップ・ジャンプの3部に分かれている。
最初の「ホップ」は初心者向きということになっているが、読んでみれば、その部分にもかなり高度なことが書いてある。全体にハイレベルな内容で、けっして初心者向けではない。

初心者向けの文章読本なら、ほかにもっと好適なものがある。
著者と同じく朝日出身の名文記者として知られた故・外岡秀俊が書いた、『「伝わる文章」が書ける作文の技術』あたりがよいだろう。

著者の要求水準は少し高すぎると思う。
“ライターたる者、◯◯くらいはできないと、プロとは言えない”式の挑発的言辞が頻出するが、その多くは、「そんなこと、プロのライターでもできていない人は大勢いるだろう」と思うことなのだ。

つまり、著者は本書で、たんにライターとしてメシを食っていくだけではなく、抜きん出た文章家になるための心得を説いているのである。

本書のアドバイスにはおおむね同意するが、一部に首肯できないものもある。
たとえば、常套句を「親のかたき」と思って文章から徹底排除しろと著者は言うが、私はそうは思わない。

常套句は、多用は禁物だが、少しは使ったほうが文章がわかりやすくなる。瞬時に意味を理解させるために使うのが常套句であるからだ。
文章のすべてが独創的表現であったら、かえって読みにくいし、わかりにくい。

あと、「ジャンプ」編の終盤(つまり本書全体の終盤)あたりは、抽象的でわかりにくく、蛇足だと思った。
……と、ケチをつけてしまったが、全体としてはとてもよい本だ。

5.向井敏『文章読本』

今回選んだ5冊のうち、これだけはやや異質で、谷崎・三島系の正統派文章読本の流れを汲むものだ。
例として取り上げられている文章も、多くは小説などの文芸作品である。

それでも、本書はライターにとっても大いに参考になる。
古典的な名文をあえて外して、現代の名文(村上春樹や海老沢泰久の小説など)を中心に選んでいるからだ。

また、文壇の大家たちの悪文を容赦なく批判している点も痛快である。もちろん、著者自身の文章もうまい。

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